坂の上の酒の上の不埒の上の忘却
イラン人の友、F君と飲んだ。
あれ、お前、宗教上の理由で酒飲んじゃイカンのでないの?
と聞くのだが、F君は
いや、ここは日本だし、俺も間違ってるかもしれないからな。
といって意に介さない。
ほーほー、宗教に深く帰依しながら、独尊にならず、
俺も間違っているかもしれないという
謙虚さを持つのはたいしたもんだ。
宗教一般に意固地と独尊の副作用がなかったら、
宗教による人類の幸福収支も赤字にならなかったろうに、
とはよく彼と話す。
だからなのだろう、こんな日本の精霊信仰的感性は正しいと思うよ、と
お世辞半分に付け加えていた。
かくいうF君だが、
現代日本人の働きぶり、暮らしぶりは違和感があるようで
曰く「日本人は、いつもここでないどこか、今でないいつかのためだけに
今を犠牲にして我慢して働いているようだ。」とものたまう。
なんとも鋭い指摘である
自分の確かな時間なんて今しかないのに、
サービス残業やら、付き合いの飲み会やら、
日本人は「今を放り出すことで、会社への忠誠を表現する」かのようだ。
私としても反論に困る。
今日は店の名前がルバイヤートだったせいもあって
アラブの詩の話題にもなったが、
こんなのが印象に残った。
過ぎ去った日に悩みわずらうな
まだ来ぬ日に思いめぐらせるな
今この瞬間から喜びを奪え
(酩酊のため出典・詳細放念、失敬)