年寄どもよ! | 酒とホラの日々。

年寄どもよ!

残念なことに老境に至るのにまだ程遠い私であるが、
最近、老人向けの商品・サービス広告の多いのが気になる。

もちろん、そろそろ定年リタイアを迎える団塊の世代を
ターゲットにした売込み攻勢なのだというのはわかる。

気になるのは憧れの老境が商品経済の食い物にされて
老いぼれの荒れ野原となるのではないかという懸念があるからだ。

そもそも老境というものは社会的な束縛から緩やかに解き放たれて
自由な個人として悠々たる境地に遊ぶことができるのではないかと
いう点で憧れだったのである。
まさに東洋的な文人の境地がそれである。

しかし、市場経済というのは人間の存在に関するありとあらゆるものを
食い物にして、目先の満足や豊かさとともに同じだけの新たな
貧困を生み出さずにはおられないものだ。

近代において人は貧困を埋めるべく経済を発展させたが、
経済の発展は豊かさだけをもたらしたわけではない。
公害や社会問題、新たな満たされない欲望という苦を創出し続けてきたことは
いうまでもない。
そしてこの存在環境の貧困さがまた新たな経済発展のネタになるという奇妙な世界
に私たちは生きている。

私たちはいつまでたっても足るを知ることなく、

次々に新たな欲求に駆り立てられて
永遠に手に入ることのない満足を追いかけて、

経済に尻をたたかれるだけなのだろう。
つまり現代の人は何かを手に入れることで、
次々と豊かさを手に入れているという幻想と引き換えに
次々と新たな貧困を生み出し続けているのである。

こんな市場経済が老境を食い物にしたら、

老人の満足はたくさんお金を使って
ものを買ったり、旅行したり、教室やエステに通ったりすることだけで

手に入るかのような幻想が社会を支配してしまったら、、、
それこそとどまることを知らない欲求に駆られた、
足るを知らない、強欲な年寄世界が出現するのであろう。

言うまでもなく、分別の足らない欲深な年寄は、欲求の強い若者以上に醜い
こんなのが社会にウヨウヨいる世の中は想像したくない。

そのとき英知と分別をたたえ欲求や社会の動静から真に自由な年寄が、
変人扱いされたりしない事を願いたい。

私が年寄りになるまでどうか老境観を荒らさないでおいてほしいものだ。

(私がアンチエイジングと金集めと浪費に駆られる欲深な年寄にならないという
保証はないのだけれど。)