自分探しは人生の王道となるか
先日、自分探しのチャンピオンを自称する無職男性と会いました。
本当の自分に出会うまでは社会デビューできないのだとのこと。
そんなのは単なるニートだよと片付けることもできますが、
程度の差こそあれ誰しも同様の要素をもっているとも思います。
ただ私が、大人になった自分との付き合いも
また会社との付き合いもそこそこ長くなって身にしみてわかるのは、
「自分の評価を下すのは他人である」という当たり前ながら厳然たる事実
ですね。
人事の配置・評価、世間での評判・付き合い方、等々、
その評価がどんなに一方的で不当にで受け入れがたいものであっても
自分を評価するのは常に他人だけなのです。
また、自分という意識は他人との関係性の中において出現するものです。
たとえ、その自分がいかに確固とした盤石なものだとしても。
結局、自分などというものは他人の海に浮かぶうたかたのようなものでしか
ないのかもしれません。
ですから、自分探しは同時に他人探しでもあるとも言えます。
彼の場合、近々探している本当の自分が見つかるのかわかりませんが、
自分と納得のいく関係を持つ他者(達)が見つかったときにこそ
自分探しの旅は終わるのではないでしょうか。
また、人付き合いの苦手そうな彼が、
万一納得いく他人関係が得られなかったとしても、
本当の自分を探し回った、幾多の傷のような道の跡こそ自分自身に他ならないと
気付くのではないでしょうか。
まだニートに対する偏見が根強いようですが、彼らを理解支援することは
私達自身を理解することとつながっていることを感じた一日でした。
なんとも本日はいつもと違うテーマ、トーンになってしまいました。
たぶん次回からはまたいつもの調子に戻ると思いますが。