空高く奏でよ、君が代
江戸時代には、放屁を自在に操り屁で曲芸を行なう見世物が
あったそうで、平賀源内も「屁学」という本を著してこれを
絶賛している。
江戸時代まで遡らなくとも、確か昭和の時代にも屁の曲芸はもちろん
放屁の瞬間にこれに着火し、理化の授業の炎色反応実験の如き
様々な炎の色や形状を競う「へモス会(屁燃す会)」なる団体も活躍
していたと思う。
しかし屁の芸の極めつけは放屁音を拾ったテープを編集してできた
「君が代」であろう。人体の奏でる妙なる幽玄の音色は聞く者の心を
とらえて離さず、聞く者の全てが感動のあまり(?)涙していたもの
である。(本当、本当!)
最近はこれに類した営為はほとんど見かけなくなってしまったが、
(放屁の曲芸ということでなくて、微妙なものに障る表現ということで)
平成の今、屁こき君が代演奏などしたら、血の気の多いオジサンたちが
飛んできそうな気がする。
どうも、現代は国歌や国旗、そのほか国家の象徴的なものについて過剰な
自己検閲が進んでいるようだ。
私の先輩が、好きな相手と結婚まで至りたいのなら、目の前で屁をこいて
平気なくらいでなければならないと言っていた。
様々な面を許容しあえるくらいでなければ、現実のものとしての結婚生活を
営んでいくことなどできないという意味だろうが、押し立てたあるべき理想
を逸脱する行為に過敏に反応しているようでは本当の意味での安定した
家庭なんかできようもないことは明らかだ。
同様に、敬して遠ざけ自己検閲が働いているような国家国体なんて、
民主主義からはひどく遠いものである。