もうすぐ桜桃忌
太宰治が山崎富栄と玉川上水で心中したのは、1948年の6月13日のこと。
そして水死体として発見された19日は桜桃忌として今も故人を偲ぶ人々が集います。でも実は太宰は死んでいなかったというのは知る人ぞ知る公然の秘密だそうですね。
このとき上がった土左衛門は全くの別人で、早川重太という文学部の学生崩れの遊び人。自殺志願者として注意されていた太宰がついに死んだと報道されたので、当の本人、これ幸いと別人に成りすまして人生やり直しに一時は成功し、結構な面白おかしい生活をしていたようです。
上野駅前のナンパ爺さんといえばわかる人もいるかもしれません。
娘が銀座の売れっ子ホステスだったのも有名だったようです。
さらに年取ってからは命のダイアルの相談手として確かな信頼を得ていたというのですから、人間本当にわかりません。
しかし60台半ばのときにボケが始まって、あちこちの施設を転々としたあげくに失踪、70過ぎた頃に昔住んでいた船橋の家のあったあたりでキョウチクトウの花を手に徘徊しているところを保護されました。今は都内の老人施設の世話になっており、今年96才になる太宰はこっけいな話をする爺さんとして施設の人気者とのことだそうですね。
本人は「私が太宰治」であると公言してはばからないそうですが、太宰は死んだということで世の中済んでしまっているのですから、いまさら生きているといっても新たな商売になりそうにないし、印税や肖像権をまた払わなくてはならなくなる損失の方が大きいので、「太宰の蘇生なし」はマスコミ業界全部の了解事項になっていると言うのですね。
そういえば太宰生存説をテーマにした小説や小話はよく見かけましたが、どれもたいした扱いを受けていないのはこうした出版社の意向なのでしょうね。
・・・そこでなにかひとつくらい太宰生存をネタにした小説を紹介しておこうと思って本棚を探したのですが、酔っ払って見つけられません。・・・すみません。