ちょうど、つぶやくのちょうど良い標準的パイロットの仕事の一日が終わったので、書いてみようと思う。
前日の15時過ぎ、事務所から明日の仕事依頼の電話が入る。朝8時伊良湖岬沖(鎧埼)でVLCC
(Very Larged Crude oil Carrier:超大型原油タンカー)に乗船し、名古屋港沖の錨地へ船をもっていく仕事だ。約2時間ほどかけ、本船の仕様や天候、航行海域周囲の再チェック等を行い、明日に備える。18時には夕飯を食べ、少しのんびりして風呂に入り、21時にはベットに潜り込む。当日は朝3時に起き、名古屋港近くの我が家から師崎(知多半島南端)まで車を走らせる。この時間の知多半島道路はほとんど行き交う車もなく、何となく異次元の世界に迷い込んだみたいで、気味が悪い。1時間弱で師崎事務所へ到着。6時に長さ20mほどの小舟(パイロット(P)ボート)に乗り込み、伊良湖岬沖の乗船地点へ向かう。乗船地点は伊良湖岬から9マイル(18km)も南方で、うねりも高い。揺れるボートからタイミングを見て、本船(VLCC)の縄ばしごへ飛び移る。この時が私たちパイロットにとって一番危ない仕事で、「上手く乗れたら、7割の仕事が終わったと思っても過言でない」と良く先輩から言われたものだ。(因みに年間3名くらいは、乗降に失敗して海へ落ちる事故が発生し、十数年に一度は死人も出ている状況だ)
さて乗船したのが朝8時で船長と打ち合わせをし、船長から操船権を引き継ぎ、船長に代わって船の全指揮を執り始める。下記URLに同型のVLCC(他船)の操船動画があるので、ぜひご覧下さい。
https://www.youtube.com/watch?v=ab4w0Rr7T-c
このVLCCクラス(長さ330m、幅60m、喫水20m、16万総トン、原油30万トン積載)はこの乗船地点から伊勢湾北方の指定錨地まで、可航海域は限られていて、航路を外すと岩礁などがあり、世界的大惨事(原油流出、大爆発等)になりかねない。2隻のエスコート・ボート(Pボートと同様サイズの警戒船で、別名「露払い」と言って本船前方を航行し、他船警戒業務を行ってくれる)を伴いながら、狭い伊良湖水道航路を緊張をもって無事抜ける。何カ所か90度近く曲げて行く所があるが、この大きさの船になると、舵を切ってから数十秒しないと動いてくれないので、微妙な操船が必要だ。
順調に指定錨地11マイル(約22km)手前までもっていき、減速を始める。大きな船ほど、急には止まらないので、慎重に船を進める。潮流が連れ潮のためか、計画通りなかなか減速しないので、主機を停止し、スピードを落とす。速力を落とすと、舵が効かなくなり、失速気味になる。過大速力は止まらなくなり、もっと危険だ。この案配が非常に難しい。西の風10m/sとかなり強い。東に流されるのを考慮し、西方気味に針路を定めて、予定錨地へ行く。錨を下ろしてリーサイド(風下側の意味)より素早く下船しないと、こういう場合ボートがあおられて本船に付けられなくなり、下りることができなくなる。
ちょうど計算通りの速力に落ちてきて、そのままほぼ指定錨地に錨を下ろすことができた。あとは船長に任せ、素早く下りて12時作業終了となった。本船の風下から出た途端、風にあおられ小さなPボートは木の葉の様に揺れ、座っているシートからほおり出されそうになった。これだけボートが揺れると私たちでも船酔いしそうだ。40分近くかかってパイロット事務所に着き、港近くの我が家に帰って、片道の仕事が終了する。
折り返しの仕事は、これまた長さ340mの巨大なコンテナ船だ。20フィートコンテナ換算で1万個のコンテナを積むという(@_@) 帰宅してから、夕食をかみかみ、本船の予習をしていく。ちょっとだけお茶を飲んでゆっくりしていたと思ったらもう、仕事始めの時間となる。
15時に乗船。ドイツ人船長の本船は、代理店が言った通りの時間にならないと出帆しない。早めに準備にかかった方が、トラブルがあっても対処できるのにと思うが船長は頑固だ。狭いスリット(コの字型の場所)で半回転し、出港する。これがまた大型トラックの内輪差のようなものもあり、微妙な操船だ。伊勢湾内も漁船が多数操業している時もあり、手に汗握る操船の時もあるのだが、本日はたまたま漁船もなく、伊良湖水道まで航行できた。水道を抜け、広い海域に行ったところで、船長に操船権を渡し「ヴォン・ヴォヤージュ:安全な航海を祈ります」と言って別れを告げ、18時過ぎ下船した。やはり今朝乗船した時と変わらず、Pボートは上下に少しゆれている中での縄ばしご下船であった。ボートに移ってから1時間程度で師崎港に帰り、そこかからは、自家用車に乗って、名古屋の自宅へ帰る。自宅のドアを開けたのは20時であった。ここでやっと本日の仕事が終わる。今伊勢湾内でパイロットは110名ほどいて、その一番最後の就業順位に繰り入れられ、次の仕事が依頼されるまでだいたい1.5日は待機期間となる。そして仕事の依頼が来て約1日かかり往復仕事(伊良湖岬と名古屋港や四日市港のピストン航海)をし終了するという繰り返しになる。月に一度は6日間の完全休日もあるこのパイロット業、短時間の仕事ではあるが、中身は濃くやりがいのある仕事だ(*^_^*)