話しは昨年の12月上旬に遡る。この記事だけは必ず書きたい、レポを載せたいと思いながら、なんだかんだと野暮用が入り、書けずにいた。

 

 少し時間が取れたので(^.^)以下レポします(^.^)

 

 「もうすぐクリスマス、遊んで学ぼう。商船学校の歴史と船と海の話し」と題したイベントを我が母校、三重県の鳥羽商船高等専門学校で、昨年12月上旬に三重県の小中学生約70人を集めて行われた。パイロットの先輩が、本イベントの幹事役をやっており、「こういう話があるんだけど、どうかね?」と言われ2つ返事でお受けした。現在外航海運会社へ入って、船乗りになる道は、非常に狭くなっている。日本船社自体がグローバル化して、社内に日本人より外国人が増え始め(管理船の乗組員がほとんど外国人で、海運会社の場合、社内でも公式文書は英文となっているためだ)日本人海技者が少ないためだ。

 勢い、鳥羽商船に入って船乗りになってやろうという子供たちも少なくなる。そこで三重県の子供たちに海や船の魅力を語り、優秀な子供たちを鳥羽の地へ呼ぼうというイベントなのだ。

 私のお題は「パイロット(水先人)が語る海と船の魅力」であった。とにかく子供たちを飽きさせないように面白おかしく海と船の話しをしようと相当準備して臨んだ(^.^)

 子供たちに「君たちの中で、外国航路の船乗りになりたい人はいますか?」と問うたところ、数人が手を上げたに過ぎなかった。最初からモチベーションが下がる。「じゃ、他の君たちは将来なにになりたいの?」と子供たちの間に入り込み、聞いたところの返事がまた驚きの答えだった。「僕は鳥羽商船に入って、ロボットをつくりたい」(今や本校も半分の学科は情報制御科だからなぁ~)、「私は、外国に行く船員じゃなくて、海上保安庁の船の仕事をしたい」、「私もコンピュータ関係の仕事をしたい!」とこういう感じなのだ。

 でもね(^.^) 外国航路の船員さんになると、お給料が少しいいよ(^.^)と私が言ったところ、子供たちの目は一瞬輝いたのを見逃してはいない。この辺は非常に実利的だと思った。また皆結構元気そうで、女子も活発な子がいたのが救いだった。

 飽きさせないように私が船長時代撮った航海中や寄港中のビデオをプロの方が編集してウエブに載せたものを11分間放映した(『ジーマ船長航海記』)パナマやスエズ運河をわたる映像、イタリア・ジェノヴァでの観光旅行等々、大人が見ればそれなりに楽しめる映像なのだが、子供たちは余り乗り気ではなかった( 一一)(違うプリントを見ていた子もいたよなぁ((+_+))

 

 そして世界の港の話しをしようと、シンガポール、ロス・アンゼルス(アメリカ)、ニューキャッスル(オーストラリア)、シャンハイガン(中国)、ドバイ(アラブ首長国連邦)の中から子供たちに選ばさせたところ・・・どこを話すことになったと思います~(これにもびっくり(@_@))~

 

 な・何と「ドバイ」に十人以上の手が上がり、この港の話しをすることになりました。中東には圧倒的に多い「オカマ」の話しもしたいところですが、なんせ相手は小中学生・・この話は置いておいて、ドバイで下船した時の話をしました(もう20年前近くの話しですが・・)

 ドバイはご存知のようにペルシャ湾岸諸国の中では、比較的戒律もゆるく、ホテル等では、ビール等のお酒は飲めます(^.^) 船を下船後、日本へ帰る飛行機便(シンガポール乗換)は明後日だというので、市内観光でもと思い、ホテルのフロントに尋ねると、大きなショッピングセンターがあるのでそこだったら、いろいろなものがあって、いいよ!とお薦めしてくれたので、そこへ行くことにしました(^.^)ホテルからしばらく砂漠の道をタクシーで走っていくと、宮殿のような立派な、そしてめちゃくちゃデカイ建物が見えて来ました。我が名古屋港近くにある、イオンモール・ベイシティ名古屋港よりもデカイくらいの大きさです。それが砂漠の中にちょこんとある。他は何もないんです。中は天井もとてつもなく高く、中央にドーンと幅広の道があって、その両側にお店が並んでいる。そして砂漠はすごい暑さなのに、そのセンターの中は、冷房がガンガン効いているんです。歩いてみてまず、目についたのが、女性達の黒の衣装です。上から下まで黒一色、目だけは出ていますが、あとは全く出してません。キンキラ金の宝石屋さんもあちこちにかなりあった覚えがあります(ここで子供たちの目がきらきらしはじめた(^.^))食料品のお店に行けば、世界中のあらゆる食べ物がありました(^.^)

 そんなこんなのドバイの話しには、子供たち結構乗って来てくれました(^.^)

 

 小中学生70名を前に、優しく面白く海と船と港を語りましたが、総評としては、子供たちの多くは、将来の夢に対しては実利的(まあ私たちが子供の頃も、私が変わっていただけなのかもしれない)なところが少々残念でしたが、まあ私の話しを聞いて、鳥羽商船に入り、船乗りを目指す人がこの中から一人でも出ればいいかなぁ~と思ったこの頃でした(^.^)