行政書士の徳永知一です。今日は2018年2月8日です。
昨日の午前、十三の第七藝術劇場に映画を観に行きました。出張ついでの空き時間なので、たまたまその時上映してた「人生フルーツ」というタイトルの映画です。スローライフをおくる老夫婦のお話程度の知識しか無い状態で観たんですが、、泣けてしまいました。 秀作でした。
「まいた種が、芽を出し、花を咲かせ、果実を実らせる」
人生において、若いときに一生懸命に働いて、その結果得られる果実、ご褒美って何なんでしょう。
自分の考え方が認められ、採用され、モノが作られること?
意に沿わないけれど、大きな仕事を任されること?
出世すること?
「人生フルーツ」を観ていると、そんな即物的なことは果実でも何でもないということがよくわかります。世のため人のためと、自分の信じる道をこつこつ生きていたら、自分のまわりに自然に果実が実って、いつのまにかその果実をまわりに配る人になるんだ、ということがわかります。
主人公の津端修一さんの日本住宅公団時代の後輩が出てきます。この後輩は今、大学の名誉教授です。その後輩が言う。
「津端さんが描いた高蔵寺ニュータウンのマスタープランは、その時代にはない斬新なものでした。しかし、限られた土地に大量入居者を受け入れる公団のミッションと衝突し採用されませんでした。それで、なぜスローライフ、スローフーズに走ったのか、私には理解できませんでした。
私も30代、40代の会社員時代にこの映画を観たら、何の感動もしなかった、と思う。人生の第1ステージを終えた今だからこそ琴線に触れたんだろう。
津端修一さんはこの撮影の最中に亡くなった。日課の草むしり後のお昼寝につき、そのまま息を引き取った。うらやましいほどに見事に人生を全うされた方です。
作品を紹介します。
(転載貼り付けはじめ)
映画『人生フルーツ』津端さんがくれた未来の種
http://www.realdanchiestate.jp/?page_id=3279
全国に団地をつくるため、1955年に設立された日本住宅公団。その創設メンバーとして津端さんは入社します。
大学では丹下健三の教えを受け、卒業後は前川國男の紹介でアントニン・レーモンドの事務所に入り、その後、坂倉準三の事務所を経て公団へ。まさにエリートという言葉がピッタリの津端さん。
公団では数々の実績を残していますが、団地全体の配置デザインを多く手掛けた津端さんは、その作風から「風土派」と呼ばれるようになり、その思想は後の団地設計に大きな影響を与えます。
それは団地を建てる前の自然地形を壊さずにそのまま残し、その記憶を住まい手に伝えていこうというもの。「自然と人間の関係を問い直す」ということを意識していたのだと、後に津端さんは語っています。
そんな思想に基づいて、数々の素晴らしいデザインを残した津端さん。
ですが、団地の設計において、いわば“原案”ともいうべき津端さんのデザインは、実際の建設までに変更を余儀なくされ、当初の思想とは異なる形で建設されるということがしばしば起こります。というよりも、むしろほとんどの現場において、崇高なその思想は理解されず、丘を削り、谷を埋め、木々を切って、更地にして建設をするという方法が選ばれる、ということが起こるのです。
そんな憂き目ともいえる状況が続いた津端さん。そして時代の変化も相まって、さらに逆風が強まります。
高度経済成長によって都市部に集中した人たちに、住む場所を確保するためつくられた団地。しかし、その供給を担っていた公団に、もうひとつの役割があったことは、あまり知られていません。
それが「ライフスタイルの革命へのチャレンジ」であったと津端さんは語っています。
当時、衛生面でも環境面でも良好とはいいがたかった一般市民の生活。それを、西洋諸国に劣らない水準まで押し上げ、豊かな生活環境を提供すること。そのためのデザインや設備、構造、工法などの追及が、初期の公団に課せられた重要なミッションでした。
そして、それこそが津端さんを公団へと入社させた、最大の動機だったのです。
名建築家たちのもとで学び、海外の建築事情にも精通していたという津端さん。そんな彼が公団への入社を選んだ理由を、後にこんな風に語っています。
「当時、戦後の最高の技術を見て、それを市民にプレゼントしたいと思って僕は公団に入った」のだと。
しかし、そんな高い志で団地をつくろうとする津端さんの気持ちとは裏腹に、1970年代に入る頃には予想を上回るペースで都市部の人口が急増、公団は住戸供給数のノルマ消化に追われるようになっていくのです。

津端さんが遺した種
そんな逆風が特に強かった東京に見切りをつけ、新天地を求めた津端さんが選んだ仕事、それが生まれ故郷である愛知県の高蔵寺ニュータウンの建設でした。そして、後にその一画に土地を手に入れてつくったのが、この映画の舞台になっている大きなキッチンガーデンのある小さな家です。
メディアで取り上げられることも多い、その暮らし。若い女性も憧れる理想のライフスタイルに浸ろうと、待ち構えていた気持ちはしかし、上映が始まるとしばしその居場所を失うことになります。
うっそうと茂る雑木林の中をカサコソと歩き回り、寡黙に畑仕事をする老夫婦。女性向けのメディアで露出していた、キラキラと光をまとった姿とは少し違う二人がそこにいました。
(転載貼り付け終わり)
(終わり)



















