感情を感じきって出し切る話①  ←1つ前の記事からの続き

 

 

父親はある病院の【緩和ケア病棟】で亡くなりました。

 

緩和ケア病棟とは

各種のがん(悪性疾患)で、手術などの積極的治療により、

治癒(完全に治ること)を目指すことが、

 困難になった病状にある患者さまが対象になります。

 

※父がお世話になった病院のHPより抜粋

 

医療行為、治療をしない病棟です。

病棟には一切医療器具のようなものはなく

病棟内もマンション(家)のような穏やかで居心地の良い空間でした。

 

 

病棟内で亡くなった患者に対しても、

一般の病棟のように その姿を他の患者や家族の目に

つかないように こっそり出すのではなく

 

 

病棟内にいる方全員が手を合わせてしっかりと患者の死を

受けとめ 堂々と見送るスタイル、

 

 

患者もその家族もスタッフも、その病棟にいる皆が家族のようで

 

 

人の【死】を悲しいモノではなく とても尊いものとして

扱って下さるので 病院のイメージが180度変わった場所でした。

 

 


 

 

 

 

父が亡くなって数か月後に緩和ケア病棟から

【グリーフケア】の案内ハガキが来ました。

 

 

どうやら、

その緩和ケア病棟で亡くなった方の遺族が集まり

同じような喪失体験をもつ仲間と語り合い、支え合うことで

新しい歩みを進めるきっかけにしましょうという

病院主催のプログラムでした。

 

 

    グリーフケアとは

親族や家族、友人など親しい人との死別を体験してしまい、

悲嘆の日々を過ごしている人に寄り添い世話をすることで、

その深い悲しみから立ち直させることです。

 

※この当時私は恥ずかしながら、

緩和ケア病棟の事もグリーフケアの事も全く知りませんでした。

(ホスピスは聞いた事ありましたけど良い印象は持っていませんでした。)

 

 

 

 

 

案内を読んで

行ってみたいな と私が思った一番の理由は

シンプルに『どういう事をするのだろう』という興味でした。

 

 

たぶん私は、人の心のケアとか心理学的な事に

興味があるのだと思います。

 

 

そして、

その次に【父の死の悲しみを誰かと分かち合いたい】という

思いでした。(ひとつ前の記事につながります。)

 

 

 

 

 

 

父を見送る時、側にいてくれた若い女性看護師さん。

私にとって

父が息を引き取る瞬間の場面、感情を 唯一 共有出来た人です。

 

 

優しくてかわいくて温かい、あの看護師さんにもう一度会いたいなぁ

会ってお礼を言いたいな

その気持ちも大きかったです。

 

 

 

 

 

 

 

しかし

行くと決めたものの いざ会場が近づくと

どう考えても 負のオーラが充満している場所でしょ、

大丈夫かな?行ってどんよりしないかな?

 

そんな不安がよぎりました。

 

 

だけど、

スタッフ(私服で迎えてくれる緩和ケア病棟の看護師さん)の

おかげで そこまで重い空気を感じることはありませんでした。

 

 

 

 

ですが、

司会進行役の心理士の先生が言われたように

 

途中でこの場にいるのが辛くなってきたら、ためらわずに

退場して下さい

 

というコトバの通り

会場を出て行かれる遺族の方もいました。

 

 

ごく自然なことだと思います。

 

 

辛い気持ちなのに

よく、ここまで足を運ばれたと思います。

 

 

そして、無理せず自分のお気持ちに正直に動かれた事、

敬意を表して見送りました。

 

 

 

 

 

※思いの他 長くなってきましたが続けて書きますね。

お付き合いして下さる方はこのまま読んだ頂けたらうれしいです。

 

 

 

 

 

心理士の先生のお話と、

こちらの病棟で数年前にご主人を亡くされ

現在、この病院の遺族ケアグループでボランティアとして

活動されている女性のお話を聞いた後に

 

 

4つか5つ位のグループに分けられたテーブルで

 

それぞれの遺族が 

誰を亡くして、今どういう気持ちでここにいるか?

 

そういった 同じような喪失体験をもつ者どうしでの感情の分かち合い、

ディスカッションをして下さいと言われました。

 

 

 

 

おぉぉぉぉぉぉぉぉおおおびっくりびっくり

 

 

これは・・・

 

正直話すだけで精一杯、涙が出るの間違いないですよね。

けっこう辛く厳しい時間なのでは?

と思ったのですが

 

みなさん、

まず、この病棟のよさ、有難さを私以上に

実感されているので

 

その事について、盛り上がる、共感する!!

こんな病院みたこともない、素晴らしい、絶賛の嵐(*^_^*)

 

 

 

こういった病棟がもっともっと増えるべきだし

これが本来の病院であり医療スタッフの在り方ではないか??

自分も亡くなる時はこの病棟がよい!!!

 

 

などなど、

涙もこぼしながら 皆の話を真剣に自分の親戚身内のように聞き

辛かった事も話、

 

変な表現ですけど とても盛り上がった一時でした。

 

 

 

 

お父さんを亡くされて落ち込んでいる母をなんとかしたい、と

娘さんがお母さんを支えながら同じテーブルで

お話されていました。

 

 

そうか。。。

こうして母と娘でも、おなじ大切な人を亡くされても

その喪失感や思いは違うんだな、と。

 

形は違えど 私と母親とも同じ事なんじゃない?

と思いました。

 

 

娘さんも悲しいだろうに落ち込む母を見ていたら

自分が落ち込んでいる場合じゃないという感じなんだろうな、

だけど

それが娘さんの場合は原動力になるのでは?とも見えたし

 

 

何よりこうしてこの場に二人で行こうとした事がもうすでに

悲嘆の沼から一歩出ていますよね。

 

 

 

 

 

 

そして、

当時30代後半で 私とそう変わらない年齢の息子さんを

亡くされたという女性がいました。

 

 

 

そして、息子さんは

今の旦那さん(パートナーだったかな?)の子どもでは無いらしい・・・

 

 

 

ただでさえ、

その若さで息子さんを亡くした喪失感は計り知れません

 

その上

今いるパートナーに対する遠慮から 悲しみに暮れることができない。

 

その、

複雑な立場な時に娘さんとの関係もぎくしゃく、

 

亡くなった息子さんには別れた奥さんと子どもさんがいるけれども

そちらともどうのように連絡を取ればよいか。。。

 

 

 

 

 

いまだにこの女性のお話は、

私の中で忘れられない大切な宝になっています。

 

 

そんな彼女の心の穴を

1つ1つ埋めていく作業は永遠に続いていくのかも

しれませんが、

 

 

あの日皆で一緒に涙を流して気持ちを表現しあった時間は

もしかしたら その修復作業を予定より早く終えることになったかも

しれません。

 

 

 

私がそうであったので、

きっとあの場にいた遺族の皆様もそうに違いないと、

 

会場を出る頃の皆の表情は明るく

どのテーブルからも笑い声が溢れていました。

 

 

 

 

6年前の事を久しぶりに思い出して

書いてみました。

 

 

やはり、

感情は感じきって出し切る事。

決して蓋をしてはいけない、コトバに出してしまう事。

 

そうすれば自然と涙も流れ浄化されます。

 

 

 

 

 

 

長文にお付き合い有難うございました。

 

一応締めくくりの為にこの後また、part③の記事をアップします。