顛末記 2011/08/18 22:20 | capricious-tonsukeのブログ

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しっかり話してないようなので、

自分でもメモぐらいな気持ちで残しておきます。


7月の半ば頃、会社の偉いさん達と面接があった。
1日にどれだけ仕事をしてるか問われて、
正直に答えたんだけど、
それでは全然足りないって言われた。

会社が求める仕事の他に、
会社が仕入れるものの状態が悪すぎるから、
それの補修とかが目一杯あるのに、
やれと言われた、在庫管理の仕事や、出荷品の準備、
それに伴う雑務をやってるのに、
それに対する評価は全くなし。

にもかかわらず、「それでは、今の給料では・・・」と言われて、
続けざまに、とんすけさんは人当たりが良いから、
営業のやって貰うのも良いかもしれないね、と。

もともと、今の会社のは製造で入ってるわけだし、
前に勤めていた会社でも、製造的の事をやってたので、
出荷するものは少しでも良いものをって考えて仕事してきた。

なので、
程度が悪くても文句言われなければいい的な考えを持ってる事
(普段から、状態の悪さを指摘しても、しょーがない、お客には
気付かない、分からないだろう的な事が蔓延してる)と、
自分たちがどんなものを仕入れているのか分かってもいない事
(発注業務の大半は経営者一族が握っている)、
社員がどんな仕事をしているか分かっても居ない事に、
怒りも含めた不信感を持つ事になった。
まぁ、普段からそんな気持ちはあったから、「輪をかけて」の言葉が
付け加えられただけだけどね。

その1週間後、偉いさん達に再び呼ばれて、
「8月の1日から営業をやって貰う事になったから」と、
8月まで約2週間を残す日に、突然の発表。
今の仕事の引き継ぎもなく、8月1日から営業の部署に来てくれればいいと。
ここの部分だけでもおかしさ満点。
それに加えて、正式な辞令は「8月1日に出す」なんて、
訳の分からない事をほざいてる始末・・・。
10年以上働いてきたけど、この会社、どうにもならんわ…と、
深々思った…。

どうにもならない会社はともかく、
自分の事を真剣に考えてみた。
入社時の志望した部署以外へとばされる事。
今までやった事もない「営業」という仕事をやらされる事。
一分ぐらいは、新しい仕事にチャレンジするのも良い事と言う考えは、
自分の中に浮かんだかも知れないが、
九割九分無理だと思った。
ま、人付き合いが苦手だし、電話が苦手だし・・・。
それ以上に、今売ってる商品の程度の低さがものすごく引っかかった。
似たような商品がたくさんある中で、見た目を売りにして売ってる商品。
それ故に、値段も高めな設定にしてある。
それなのに、それを作ってる人間が、
しょうがない・こんなもん(これぐらいの程度のもの)って考えを持って作ってる…。
その商品を持って、自分が売り行く・・・。
そんな恥ずかしい事、とてもやれないと思った。

ここである程度の決心をした。

他にも、会社の中では動きがあった。
月4万ぐらい交通費がかかるところに転勤になる人
(まぁ、全額支払ってもらえないだろうがね)。
遠くから、こっちの方へ転勤になる人。
首を切られる人(1度に2人も)。
いろんな動きがあった。
そして、自分もいつかはそうなるのかなという不安が、
ますます増えた…。

だいたいそもそも、売り上げアップを図って、
傾きかけた会社を元に戻したいとかって思ってるくせして、
1年~1年半前に製造から営業に持って行った人を戻して、
ずぶの素人に営業をやらせるとか、製造の人間を切るとか、
言ってる事とやってる事が、全くかみ合ってないんだよ。
そして、自分たちが思ってる事が、
全部うまく行く、全部社員を従わす事ができると勘違いしてる。
ついでに言うと、自分たち(経営側)は、普段どこで何をやってるのかすら
社員からは分からない…。

まー、こんな会社うまくいくはずもないと思うんだが…。

8月になる1週前。
引き継ぎの件とかの話もなく、普段どおりの作業の日々が続いた。
人事権を持つ偉いさんが、海外出張中・・・。
これでは、何も動くはずがない。
こっちとしても、1日から動いて良いのかすら分からない。
結局、部長(この人も定年退職して1度は顧問になったけど、
部長の肩書きを再度持つ事になった人。しかし、再度部長になった事は
社内的には公表はされていない)が業を煮やして、
「これでは8月1日からなんか動けないからダメだぞ」と
釘を刺す事で、8月1日からの異動はなくなった。
まぁ、異動がなくなったわけではなかったけど。

日記を読み返して貰うと分かるんだけど、
この辺りで1度、退職願を書いた。
でも、持って行く先が分からないので、直属の上司に相談したが、
何とも宙ぶらりんな状態だった。
復帰した部長に話を伝えてはおくと言うことになったんだが、
その部長にしたって、人事権はない…。
ある意味の生殺しな状態は続いた・・・。

8月1日からも今までどおりの仕事。
盆の休み前で、たまらなく忙しくなってくる。
その週の金曜日、5日の日か…。
偉いさんがノコノコと顔を出してきた。
作業中に話があるから…と言って来たが、
「忙しくてそんな暇はない」と一蹴してやった。
当然である。
部材の手配が遅れてたせいで、こっちは仕事が止まっていたのだ。
それを取り戻さないと、出荷が止まる。
だが、それにすら気が付いていないようだったのが、痛いね…。
結局その時には、作業中に雑談程度で話すことになったのだが、
先の部長から話が伝わっていたせいで、ある程度、
自分が考えていたことは、分かっていたようだ。
そんな状態だったので、面と向かってはっきり言った。
「自分には、今の状態の商品を売りに行くのは、恥ずかしくてとても無理」だと。
その偉いさんも、当然、自社製品だから売り込みに行ってるけど、
帰ってきた言葉は、
「自分もだけど、今もこうして売ってるし、他の営業も売りに行っている。
商品自体はこれから良くもしていくから・・・」
待て待て。
自分がどれだけ不具合の報告書を上げても良くなってこなかった。
前よりも悪くなってきたぐらいだ…。
そんな、これからよくするなんて言葉を信じることは毛頭できなかったし、
今の状態で買ってる人に、申し訳ないとも思わない根性がすごいと思った。
まぁ、思うだけじゃなくて、言葉も多少は出てしまったが…。
そんなこんなの会話のあと、
「それじゃ、もう、俺が言えることはないわ」と、黙ってしまう偉いさん。
おぃおぃ、アンタが黙ってたら、どうにもならないだろうに…。
そのあと、間をおいて向こう側から出てきた言葉は、
「営業は無理か?」だったので、はっきりと「無理ですね」と断った。
ひとまず、「辞令だけ事務所の机には置いておくから」と言って、
偉いさんはすごすごと帰っていった。
まぁ、このとき、決まったと思った。

そして、その後、また何事もなく1週間が過ぎた…。
盆の休み前、異動になる1日前。
そんな日に、偉いさんはまたやってきた。
他にもめてる人がいたみたいでそれの調整をしてた様だが、
のんきすぎるのもほどがあるってぐらいな登場だ。
そこで再度の面談があったのだが、
「営業は無理か?」「無理ですね」の繰り返しだった。
自分は腰痛持ちだから、定時が決まらない営業職は
病院に行けなくなるから困るって言っても、
そんなに悪かったか?なんて他人事だし
(前に診断書を持って行こうとしたが、自分で断ったことを覚えていない)、
周りにもとんすけには無理だろうって話が出てるぐらいですって話をしても、
それは他の人が勝手に言ってることだからといいながら、
「営業は良い経験になったって言ってる人もいるし」と言ってくる
(それは他の人が言ってるだけでしょと言いたくなった)し・・・。
会話が全然かみ合わないかみ合わない…。

そんななので、こっちから、
「製造としては必要ないんですね?」と確認をすると、
「営業としてがんばって欲しいから…」なんて返事。
その答えは最初に返してるのに、同じ事を言ってくる。
「おかげさんで十分に考える時間があったから考えましたが無理です」
なんてのを数回繰り返した。
最終的に偉いさんは、腕組みしてプルプル震えながら、黙り込んでしまった…。
何を考えてるのか、何か言うのかと思って、待ってみたけど、
結局、なんの言葉も出てこなかった。

結局、このままでは埒があかないと思って自分が切り出した。
営業をやる気はない。
製造としてなら、残ってがんばりたいけど、
無理ならいい。
9月の15日(給料的締め日)でも、8月の31日でも結構です。
退職します、と。



その言葉で、今の会社の勤めはほぼ終わった。
8月31日付けにて退職となったので、
あと2週間は、有給という扱いになった。

引き継ぎや片付けもあるけれど、ぼちぼちやっていこうと思う。

ま、引き継ぎは、引き継ぎなしでもできるはずだろうから、
あんまり真剣にやる気も起きないけど。
(自分が責任を持ってたことだから、やることはやるけどね)


と、8月はそういう事件がありました・・・。


みなさんも、会社を選ぶ時は、まともなトコ、選んで下さいね。
自分が言えることの1つです。




乱文長文にて御免。
まー、最後までまともに読む人なんていないと思うけどw