なぜだか急に
元旦那と交際中だった頃に
一緒に購入した
ヒロヤマガタの
『ガゼボ』
という作品のことを思い出した。


私はうつ病になり
次女が18才になるまで
離婚はしないように
耐えていた。


でも、これ以上
元旦那といると
私は死んでしまうんじゃないかと
思うほどの精神状態になった。

元旦那に
離婚して欲しいと言うと

『車と子供と置いて今すぐ出ていけ!』

と言われました。


当時、住んでいたのは
和歌山の山奥。
バスもなく、車がなくては
生活は不能。


それよりも
当時乗っていた車は
私が嫁入り道具として
持ってきたもの。


なんでやねん!


それから何ヶ月だったか
家庭内別居が始まった。


主婦としての仕事
洗濯、食事作りはきちんとした。


だけど、私はダイニングでは
食べずに
自室で一人で食べた。


このような状態がどれだけ続いたか
記憶にはないが


元旦那が離婚に応じることになった。


そのかわり
嫁入り道具は全部置いていくように言われた。


離婚後、入居するハイツは
クローゼットが
とても広くて
タンスは必要なかった。


引越し業者は使わずに
私の車で少しずつ
荷物を運んだ。


家電、食器棚は購入したので
業者さんが運び入れてくれたので
助かった。


私の車は軽自動車だったので
荷物はたくさん乗らなくて
仕事行く時、早い時間に家を出て
元旦那の家に残ってる荷物を車に積み


そのまま仕事に行って
退勤してから荷物を運び入れた。


借りた部屋は2階だったので
荷物は重いし辛かった。


そんな生活がどれだけたったろう…
私は激ヤセしてました。


元旦那は偏屈な人で
養育費は払うが
その月にかかった分だけ
請求しろと。


離婚するにあたり
法テラスの弁護士さんに
相談していた。


アドバイスとして
公正証書を作るといいと。


それで
公正役場に行き
相談したが
元旦那の言うことは
おかしいと。


もし、途中で払われなくなった場合
裁判では不利になると…


いよいよ公正証書を作る日
元旦那と別々に役場へ行った。


私が着いた時には
元旦那は既に着いていて
先生と話し合っていた。


私が着いた時には既に
養育費の金額も決まっていた。


計算法があるらしく
説明を受けたが
納得できなかった。

元旦那は手取り30万超だったのに
養育費はひとり
35000円
ふたりで70000万円。


これっぽっちもの金額で
娘が育てられるか!


でも、
慰謝料も財産分与もなく
養育費は決まってしまった…



今思えば
慰謝料代わりに
ヒロヤマガタの版画を
貰ってくれば良かったな。。


元旦那は
私たちがいなくなって
高給でブランドの服を買い
車も買い替え
有意義に暮らしたとか…


もう二度と会うことも
話すこともない。


住所も教えてないので
押しかけてくることもない。


娘は血の繋がりがあるので
伯母の葬式や法事には
行ったとか。


次女は引きこもりだったので
行けませんでした。

私が離婚することを
友達に話したら
病気あるのに無謀やで!

と言われたけど
何度もうつ病が再発を繰り返したのは
辛かったけど


元旦那は田舎の
母ひとり、息子ひとりの暮らしの
典型的な


『今までに苦労をかけた
かぁちゃんに楽させたい!』


だから、
結婚相手は誰でもよかったんですよね


私も若かったので
そんな考えも
頭によぎることなく…


無知でしたね(´▽`;) '`'`


私には散々なことをしてきた
元旦那
余生は淋しく暮らしてください。


ここまで
読んでくださり
ありがとうございます✩.*˚