春は来る。きっと来る。
非日常が変える風景と平凡な日々の作り方@福島県人会
「まるで外国のようだった」
震える声で、私の前に座っていた女性が、いわき市にいる家族からの
言葉を伝えた。
被災地から東京まで出たら、外国のようだった。
みんながフツウに生活していて、そのことにショックを受けた。
「あの、戦闘機でパンパンやってるのが・・・何だか子供の喧嘩に見えた」
リビアのニュースで、戦闘シーンを見た年配の男性。
原発事故の恐ろしさと比べると、戦闘機がおもちゃに思えた。
昨日、出席した福島県人会で聞いた、被災地出身の方々の生の声は
貴重だった。私は記憶に、その方々の言葉と、その顔と声をしっかり
刻み付ける。
日常のリズムを保つのはとても大切なことだと思う。
でも、こんな非日常を経験してしまった人達は、その日常の中に潜む
非日常に気づいてしまう。
こうして、私たちが過ごしている日常も、決してフツウのことではないの
だということに。
祝島を故郷に持つ父の口癖のひとつが、
「平凡であることは難しいことなんぞ」
であった。
日常のこまごまとした小言はよく言う父であったが、あまり思想的な説教
くさいことは言わなかった。でも、最近、よく思い出す父の言葉。
「誰かがやらんにゃいけん仕事だと思ったら、自分がやれ」
父は、海水浴に行っても、気がつくと、当たり前のように、海岸のゴミ拾いを
してるような人だった。そして、得意そうに、
「みてみぃ!きれいになったじゃろうが!」
と子供のように自慢するのだ。でも、人に強制するようなことはなく、いつも
ひとりで率先してやってた。
平凡な日々がまたくるように、私も出来ることをすべてやる。
自分が出来ることをするのは当たり前のこと。当たり前のようにやること。
私にも、非日常から抜け出せなくなって、日本の日常が「まるで外国」の
ように見えていて、その日常に戻れなくて苦しんだ時期があった。だから
こそ、今、試されているのだと思って、日常を維持しながら、非日常に苦し
んでいる人のために、自分が出来る限りのことをしたいと思う。
きっと同じような体験をしている人もいるに違いない。
こうして、動いているのは、被災地の人のためでもあるけど、あの時、ひと
りで苦しんでいた自分を助けるためでもある。だからフツウに当たり前の
ように出来るのだと思う。
昨日は、サンタモニカカレッジの学生たちが作ったTシャツを、リトル東京
で預かり、60枚のTシャツがすべて売れた。彼女らは、東北のファッション
関係のビジネスを支援する企画を考え始めた。その中の一人は、阪神
大震災の経験者で、昨日のサンタモニカのプロムナードで、泣きながら
募金を募っていて、多くの道行くアメリカ人を泣かせていたらしい。
役者のボランティアの人達は、ハリウッドのプロデューサーに、東北支援
のある企画を持っていきたいので協力してくれと話しかけてきた。
アニメイドカフェのメンバーも、「またイベントあったら声かけてね」と、雨の
中で一生懸命募金してくれた疲れも見せずに、笑っていってくれた。
春は来る。きっと来る。
それを信じて、続けていこう。