1月16日(日)


長い時間かけて構想を練り上げて平成中村座が立ち上がったのが、ちょうど2000年の事でした


その翌年の2001年に浅草の隅田公園で開催された平成中村座の公演で、十八代中村勘三郎さんの「どうしても劇場にバーを出して欲しい‼️」という要望を受けてCAPONEが5日間だけバーを出店しました



勘三郎さんが舞台上からアドリブで毎日バーの宣伝をしてくれた事もあり、その時のバーは大好評で新聞や雑誌の取材も来るほどでした



そして、翌2002年の大阪扇町公演での平成中村座では京都と大阪のバーとCAPONEで1ヶ月間常設のバーを実現したんです❗


翌2003年の浅草寺境内の平成中村座では、CAPONEが単独で1ヶ月間バーを開設した記念すべき年になりました❗


上の写真はその時のモノで、中村勘九郎(当時は勘太郎です)さんは毎日のようにカウンターの中でシェーカーを振ってくれました




その翌年2004年には、アメリカのニューヨークリンカーンセンターでの平成中村座の公演があり、勘三郎さんには「ぜひニューヨークでもバーを出店してCAPONEのカクテルの美味しさをニューヨーカーに味わってもらいたい」と言われて、事務所の方々もいろいろ手を尽くしてくれたのですが、ニューヨークのユニオンの問題で酒類販売の許可が出ずに幻のバーになってしまったんです‼️



そんな勘三郎さんとのたくさんの想い出が詰まった初期の平成中村座のバーは、僕の人生の中でもずいぶん輝いていた日々だったと思います‼️