NWA会長になっていた男 | HWD+e

NWA会長になっていた男

そのカーン、藤波、マイク・グレアムの、NWAIJrタイトルをめぐる、GSH合戦を伴う極東の一連で、藤波に勝ち切ったのがマイク・グレアム。

スティーヴ・カーンが、マツダ譲りの必殺GSHを引っさげて、王者として来日。それを藤波がGHSで返り討ちに処して、その藤波を倒すためにやって来たのが、カーンの盟友マイク・グレアム。グレアムもこれまた見事なGSHの使い手だった。

実際に藤波を倒した技は、親父譲りのF4LLだったかもしれないが、カーンより藤波より、力強いGSHがもっとも印象に残っている。

藤波はフロリダに追いかけてまで、折角手にした後のPWFタイトルを取り返すが、マイク・グレアムこそは、史上最も藤波を手こずらせた相手。来日時の暴れっぷりはそれは凄かった。

当時は、ダイナマイト・トム・ビリントンが小型ハンセンなどと言われていたが、マイクの暴れっ振りはハンセン以上だった。鋭く重そうなパンチとナックルパートで、藤波をボコボコに追い込んでいた。フロリダの御曹司は凄いラフファイターだなと思ったことを憶えている。

ラフファイト以上に技術も一級品のマイクは、あの当時既に若くして凄い貫禄で、小型ハンセンどころか、ハンセンを従えている風すらあった。いずれNWA自体を仕切ることになるのだという、覚悟を従えていたと言ってもいい。08年のHOFで本当のHOFerとかと一くさりしていたが、世が世なら、CWFの大ボスとして、往時大NWAの会長になっていてもおかしくはなかった。マイク・グレアムとはそういう男だった。

NWAIの後は、フロリダのすべてのタイトルを獲ったことはもとより、AWAライトヘヴィー級タイトル創設に際してはガニアに頼られ、ほぼ無償で初代AWAライトヘヴィー級王者に迎えられている。マイクもガニアキャンプの出身。将来のNWAのボスは、エリートとして、方々で一目置かれる存在だった。

もちろん世界ヘヴィー級のコンテンダーとして、リック・フレアーとも何度も激戦を展開した。リック・フレアーの最大のライヴァルの一人だったと言っても過言ではない。ガニアキャンプ出身の同門で万能のタイプ。フレアーにとっては、ターリー・ブランチャードとチェイスを繰り広げるような嫌さがあったことだろう。

先日、誰かが06年のWWLレジェンドのPPVのメーンを上げていたが、これが実質、マイクのリタイア戦だったのだろう。相手はターリー・ブランチャードとデイヴッド・フレアーwJJの“ホースメン”だったが、実際、マイクとターリーは、フロリダで実力拮抗の凄いフュードを請け負っている。ターリーの最大のライヴァルは、マイクだったかもしれない。だから引退戦の相手だったのだろう。

WCWのPPVでは、ライトヘヴィー戦でライガーと激闘。WCWではグレッグ・ガニアとともにアシスタントブッカーも務めていた。

ヘヴィー級のコンテンダーとしてはサイズに恵まれず、必殺のGSHも功をなさなかったが、藤波より強かったJrチャンプとしてのそれは、藤波より素晴らしいつまり世界最高のそれだった。というわけで、

 BMの10位は、 マイク・グレアムのジャーマンスープレックスホールド。

引退戦ではまだきれいだったので、両腕一杯のタトゥーは、いいおっさんになってから入れたのだろう。大NWAの会長になっていた男は、バイカーとしてタトゥーの腕で終わっていった。終わり方だけは親父に似ていたが。

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