4ホースメン | HWD+e

4ホースメン

ジェームズ・ジム・ディロン、JJは、フロリダで長らく活躍した。自身のレスラーとしての最高位は、フロリダヘヴィー級王座であり、この時JJは、NWAレイティングの6位にまで上っている。JJはこれをボビー・ヒーナンとの違いだとして、大変に誇っていた。つまり、長く、ダスティ・ローズがボスだった。

フロリダ王者の後もフロリダに居続け、例えばジム・ガーヴィンをゴージャス・ジミーに変身させ、ケンドー・ナガサキをペイントの怪奇派としてプロデュースし直し、ロン・バスとリック・ハリスにはタグを組ませた。

この常夏で、簡単なポロシャツに首からタオルを引っ掛け、テキサスロングライダースなどをマネージしていた時に、ボスのダスティがJCPとチーフブッカー契約を結び、CWFから子飼いを全て引き連れてカロライナに移るのにつれて、JJもロングライダースのマネージャーとして、一緒にJCPに来ている。だから最初は、アウトロー・ロン・バスとブラック・バートの、前座にいるマネだった。

しかし程なく、次の世界候補と目されていたTV王者ターリー・ブランチャードとの契約を獲得、すぐさま高級スーツに身を包む、ダンディなインテリ風に変り身してみせる。

JJは、元は東部の大学レスラー。ジュニアハイで教師をする傍ら、東部やカナダの独立系でアマレス風のマットワークを繰り返す、地味なプロだった。

そんな地味なカレッジレスラーの転機は、当時ファンク兄弟が仕切っていたアマリロで、マネージャーとして、凶悪商売を始めてから。ブッチャーとシークを組ますアイディアをファンク兄弟が採用し、これが日本でヒットした。ヨーロッパを彷徨っていた売れない巨漢の黒人ジム・ハリスをは、ウガンダの人食いキマラとして大受けさせた。JJはこういう商売でなりふりかまわずのし上がって来た男だった。

ファンク兄弟のウェストテキサス大ラインで、今度はダスティのフロリダの知恵袋となり、ナガサキやキングトンガ・ハクなどを商った。この時までは、とてもフレアーの脇に立てるタイプのマネではなかった。85年の秋頃には、バディ・ランデルをフレアーの偽者に仕立てるセンセーションで、ランデルをフレアーに向かわせてもいる。

が、ターリーのマネージャーだったことが故で、ホースメンに参加、しばらくするとディレクター・オブ・フォア・ホースメンの呼称を手に入れるようになる。ターリーも、ファンクスの弟子で、ウェストテキサス大出身。

JJのひとつの見せ場は、ダスティのバイオニックエルボースタッブを前頭に受け、ハーリー・レイスのように大仰に後方大バンプを取り、大きく広げた両腕で思い切りマットを叩いて、首で一回転してみせるムーヴ。JJはパフォーマーとしては、ダスティとのセットで居るような演者でもあった。

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元来が、JJのトゥルーカラーはナガサキのマネというよりは、ホースメン的なものだったのだろう。JJは、ホースメン以降、タイタンのVP→WCWチャンピオンシップコミッティー・チェアマンと、スーツとしてのホースメン的出世を歩く。タイタンのVP時代は、WCWのVPも、同じホースメンのオレイだったというようなこともありつつ。

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チャンピオンシップコミッティーのチェアマンとしてWCWに帰って来た時は、もうホースメン的な出番には触れられなかったが、後年のインディーでは、ホースメンのギミックを使って何度か悪さを仕掛けさせられてもいる。ファンはオリジナルの衝撃を、決して忘れられない。

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