ザ・フォア・ホースメン | HWD+e

ザ・フォア・ホースメン

蹄の音に嘶きに、エレクトリックギターの泣き、だろうか。後期はアーンのエントランスであることが定着していたこのホースメンのテーマだが、ターリーの背後に掛かるのは実際には新鮮に響く。ホースメンの顔の一人であるターリーの時代、この音楽はまだなく、バリーの後期にその原型が完成している。

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第一次ホースメンがブレイクアップしたのは、ルガーを引き入れるため。フレアーのライヴァルとして優秀過ぎる要件を持ったルガーを、来たるべきその日に向けて大きく育てるためだ。オレイをキックアウトした理由は、息子ブライアントのアマレスの大会を観戦に行ったオレイが、ホースメンのオブリゲイションをさぼったとかなんとか。ブライアントはSMWでTV王者になるなど活躍したが、メジャーには上がって来なかった。

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ルガーの居た第二次ホースメンは、8ヶ月ほどだったろうか。バンクハウススタンピードで、残ったホースメン4人。JJを勝者にして賞金は山分けに。飛び降りるターリーとアーン、そしてルガーはJJを掴んで放り投げる・・。「スターケードでJJのアトヴァイスを聞かなかったら、俺はまだUS王者のままだ」・・。ルガーの、フレアーへの挑戦が始まる。

翌88年四月、ルガーはバリーと組んでクロケットシニアカップタグトーニーに出場も、バリーに裏切られターリー&アーン戦に孤立、バリーはその足でホースメン入り。五月にはUSタイトルも獲得。ここに4ホースメンのタイトル独占が完成する。これが今回の選抜?メンバー。WWEは、この第三次編成を、ザ・フォア・ホースメンの代表格と見ている。

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四人目を誰としたいかは人によってまちまちと思う。JJがいるのだから、オリジナルを尊重しようとか、他のメンバーもインさせるべきだとか。ただ、オレイは終始一貫、WWEと関わろうとしていないし、一方でバリーはWWEでかなり実績もあるなどの事情もある。

バリーは昨秋ICUに居たとも聞いた。バリーが順当な四人目ではあろうが、他のメンバーにも全て、その資格はある。

第三次ホースメンが終わったのは、TBSの新会社UWC(後のWCW)が、ターリー&アーンと小さな契約しか結ぼうとしなかったからだと言われている。フレアーは自身も含め、より大きな契約を引き出すため、ブラフ的に、ターリーとアーンをWWFにジャンプさせたのだとも。

ここでホースメンはフレアー、バリー、JJの3人編成になる。しかし依然、ホースメンを名乗り、四本指を挙げていた。

明けて89年2月、WCWは、バリー、JJの2人とも、契約を切る。エディ・ギルバートのミステリアスパートナーがスティムボートだったことを突きとめずにマッチアップ契約をしたことを怒り、フレアーはJJとのマネージャー契約を切っている。この時バリーもフェイドアウトして行っている。程なくフレアーがチーフブッカーも兼ね、往年のスティムボート戦の焼き直しをプロデュースから、ベビーになっていく策を執る。フレアー独裁の時代、実はフレアーはホースメンを切っている・・・ように見えた。

JJとバリーは、一時ダスティとともに、ダスティがフロリダで旗揚げたPWFに、参加したような記憶もある。いずれにせよダスティとともに時を同じくして、WWFに入ったはずである。フレアー本位制のWCWで、ダスティははっきり切られたように見え、そしてやはりダスティと共同歩調を取らざるを得なかったJJとバリーも、ホースメンとは言っても、実際はダスティ派閥だという風に、当時は見えたことも確かである。

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