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Dig it

墨五輪の米代表、オールアメリカンボーイ・ボブ・ループ、喧嘩屋ボブ・オートン、無頼のワンマンギャング・ロン・ガーヴィン、RVDの師匠のマーシャルアーティスト・ロン・スリンカー、ラリー・マレンコ・・・。

NWAに属さない、NWAを認めない、実力狼達が競う、アウトローのインディー。ケンタッキーの山奥で、ひっそり行われるモノ凄いコンペティション。我々の鼻をひくつかせて止まない、見えない場所で凄まじい何かが行われているという臭気。

しかしICWタイトルの基は、シカゴ、そしてデトロイトから更に分裂したポッフォのUSタイトルだから、プロモーションを興せる権利はポッフォにしかなく、彼らが争っていたものもまた、分裂USタイトルの一種。5700回かいくつかの、腹筋王のキングダムだが、今は、彼のために設えられた王国だったのだなぁと思う。

老体シークと一騎討ち。25歳の若さで、すでに50位だったシークと、アクティヴと言えるフュードを作っていた。親父がボスのサラブレッドだったとはいえ、殆どどこでの実績もない若者が、タイトルをもってビッグネーム相手の主役フュード。全米が注目したが、ケンタッキーから出るのは、なさそうだな勿体無いな、とも。

竹内は吸血蛇と。杉浦アナは、電撃の超高血圧男と。初めて見る動くマッチョは、一瞬も止まらず、ジャンプしまくり、飛びまくった。前田のUWFにも来たことのあるジェリー・オルスキーを、実況の長机に、叩っ壊しのパイルドライヴァーで叩き付けていたのも、長机壊しを見た最初だった。テーブル壊しを始めたのは、マッチョマンのパイルドライヴァーではなかっただろうか。サブゥやECF'NWの原典もここにある。

82年頃には、ループとガーヴィンはオレイのジョージアへ移り、オートンもミッドアトランティックへ移ったはずだから、ここは完全にポッフォ親子の独占地帯になっていた。ICW王者マッチョマンは、78年頃からここのICWインターナショナルタイトルをほぼ独占し、ループ、ガーヴィン、オートンと若くして一通りのフュードを修士しこれを走破して、ここを支配する。

リーピンラニーとのファミリーフュード。インジアナ出身の美人モデルの諍い女。ランディほどアクが強くなかったが、ラニーも天才肌のパフォーマーだった。そしてこれを締めに、ICWは大きく踏み出す。

例のUSAネットの反NWA構想。今考えてみてもあれは水面下でいろいろな人脈が関わり、長期間練られた作戦だったのだなと思う。ブランチャード親子に、マティシック、テーズ、テリー・ファンク、ブロディ、アダニス、ポール・ボーシュ、そしてポッフォ親子。そういえばオートンもいた。ターリーとサヴェージの一騎討ちは、ここで、ICW/USタイトル戦のテキサスデスで、観たかったものである。

GSLWE終わり、マッチョとここで戦ったダグ・ヴァインズのデヴィルスデュオとボスのターリーはJCP入りするが、マッチョはケンタッキーに戻り、今度はここを支配することになったキング・ローラーの、CWAに参加する。なぜ二年も、JCPやWWFがマッチョをここに放っておいたのかは未だに疑問だ。しかし85年末、当然WWFが手を出してくる。

Wwe Macho Madness: Randy Savage Ultimate Coll [.../Brian Adams,Andr? the Giant,Rodney Anoai

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