大分スリップしたのだが | HWD+e

大分スリップしたのだが

大山誠一は、たしか20年ぐらい前に、聖徳太子はいなかったとする本で、それでも当時は勇気があると評されたどこかの教授だが、同時に厩戸の皇子がそのモデルだと言いはばかって、太子非実在論を、厩戸実在論にすり替えた人でもある。

太子はいなかったと言って厩戸は居たとか、20年も、飽きずによく言うものだとは思う。厩戸は太子であることは里中マンガなどでも一般的になっているので、厩戸はいたのだから太子もいたようなものだとなって、太子はいなかったという本筋が骨抜きにされた術法は、不比等は居て、不比等がプロデュースして、不比等は鎌足の子孫で、だから鎌足も居たことにも、ドサクサされていることにも通じている。ひょっとしたら鎌足も不比等によって脚色されているかも知れないですよとは、荒俣ともあろう妖怪神が、白々しい・・・。

大山誠一にも荒俣宏にも、もちろん分かってはいる。太子もいなければ十七条もなければ、厩戸もいなければ大化の改新もなければ、鎌足も大兄皇子も蘇我もいなかったということは。本当はクリスタルクリアに、分かりきっている。彼らくらいの頭脳に太子がいなかったという命題一つを与えれば、当然そこまでの結論に、どうあっても突き当たらざるをえない。ビート氏もしかり。

結論を言わなくてもいい。これに準ずるこういう説もあると、紹介するだけでもいい。どっちがより論理的かを判断するのは、それは視聴者に委ねられるべきなのだ。

新羅の、ヒドンの乱の、借史であるということまで言う。金ユシンだ春秋だウサンヒドンだと、遂にヴァラエティTV番組でそこまで言う。八田亜矢子や市川由衣があれをどう聞いたか知らないが、借史であるということは借役であるということでもあり、借人であるということにも、考えは容易に及ぶではないか。

大山が曲げて説いた太子不在論だが、それはもちろん大山に先駆けることその10年も前に、鹿島とそのF'Nサークルが、泣き叫んで訴えていたことでもある。聖徳太子の実在を認めるか否かは、現代の踏み絵であるという構えて大仰な言い方をして。太子非実在が定説になるならば、一に手柄を主張できるのは、それは大山ではなくて、決して認められずにくたばった、悲劇のヒーロー、鹿島の方であるはずだ。

かつて万札の顔まで務めた太子を、札から消したそのそもそもの理由。それは、古い古い中国の巻物から、あの万札の肖像そのものの姿の絵が、両脇にセットの子供まで付けて、見つかってしまったからである。明治来太子だと教育されて来た人が、実は知らない中国のおっさんだったということが、分かってしまったから慌てて、なのである。

不比等は居たかもしれないが、鎌足の子孫などではもちろんなく、やはりどこか知らない、中国のおっさんのガキだろう。最新の研究では、鎌足の正体だと思われていた郭ムソウすら架空の人物で、そのモデルは唐の無名軍人郭ムテイ?だともいう。太子はいなかったとかヒドンの乱の借史だとかいうレヴェルで、いつまでも止まっている場合でもない。民間の研究者はどんどん先に進んでいるのである。

ヤマトではない地域は、気がついた振りして900押し付けて、ヤマトでなくなる準備も、我々はしておくべきかもしれない。気がついた振りして逆にやられる前に。



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