カルガリースタンピード・タイトル(1)
今年のHOFer、スチュ・ハート。カナダ屈指のレスリングスターにしてブレットらの親父にして、ハート兄弟以外にも多くの強豪を世に送り出した名トレーナー。しかし我々には、80年代まで、カナダ最大のテリトリーであった、スタンピード・レスリングを仕切っていたプロモーターとしての馴染みが、最も深い。
カナダ最大のタイトル、スタンピード・ノースアメリカン・チャンピオンシップ。68年から続く、オリジナルのノースアメリカン・タイトルのひとつ。69年に、それまでアマリロにあったノースアメリカンタイトルが、オクラホマとここに分散倒置されたもので、カルガリーのものはアマリロのものと、基本的には同じものの続きだ。
「ドリー・ファンクとボブ・ガイゲルの歴史」は、スタンピードヴァージョンになってからも、ここカナダで、多くの非アメリカンなスターを育んできた。カナダの灰色熊レオ・バーク、英国の衝撃ロビンソン、米で不遇だった毒針の名手アブドゥーラ・ザ・ブッチャーの実績の多くは、ここに集中している。
カリートやプリモの親父、カーロス・コロンのユニヴァーサル・タイトルは、ここの北米タイトルの分岐物が、その土台になっている。コロンのメーンランドでの最高位は、ここの北米タイトルである。そして・・・。
今や世界4大タイトルのひとつ、WWEインターコンティネンタル・タイトルの土台も、ここの北米タイトルなのだ。いつか書いたけれどもう一度書く。
76年に、カウボーイ・フランキー・レーンがここで北米チャンプになる。レーンは王座を奪われた後ここをあとにし、再び78年頃ここに戻り、元王者の実績でリターンマッチを挑む。
レーンはここでタイトル奪回に失敗。しかし例によって微妙な判定だったのだろう、レーンは勝ったのは自分だとの勝利宣言とともに、カルガリーを去る。そして次に入ったシークのビッグタイムで、自分が正当なノースアメリカン王者だと主張、デトロイト地区がこれを支持することになる。
多分最初から、ハナシは着いていたのだと思う。スチュとVMシニアと新間の間で。もっと言えばNWA内でも。WWFは2本目のタイトルが欲しかった。ヒール系統の実力派をトリートする、メカニックの最高峰的場所が。NJはNWF本体がなくなっていたことで、坂口のタイトルの背景が素空していた。ところが、基本的には今もそうだが、当時は、もっとタイトルを作るための来歴が重視されていて、勝手にタイトルを作るなど、まともな堅気のすることではないとされていた。タイトルを作るにはタイトルを作るだけの、いくつかの条件の儀式を経なければならなかった。
シカゴの、フレッド・コーラとバディ・ロジャースで有名なオリジナルUSタイトルは、ミネアポリスに分裂し、これがガニアのAWAタイトルとなって行くが、デトロイトも、かつてUSタイトルを分裂させた実績がある。NWA内でも賛否を含め、異彩を放っていた怪人シークのデトロイトは、ともすれば或る種の、ダーティワークの請負場でもあった。
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