ミズーリステートタイトル(3)
いつかここで、81年5月15日のことを書いたが、この時代、ミズーリステートチャンピオンは、ディファネイトリーな#1コンテンダーforワールドタイトルだった。加えて言えば、フレアーはこの時、US王者周り。当時のGCロンドンのマガジンのレイティングでは、US王者が一位で、ミズーリ王者は2位。そのミズーリ王者はそのUS王者をチャレンジャーに迎え、総本山の次期世界挑戦者を賭けて戦う存在だった。州王者名義にして、州王者レヴェルの某では、全くなかった。
NWA各地のリーダーカンパニーが株を持つ、総本山限定のタイトル。これはまさに、州タイトルの名を被った、NWAタイトルそのものであった。そう思えば、ミズーリタイトルの実体が見えてくる。
二冠王ケン・パテラ。パテラは80年の一時期、このミズーリタイトルと、第二代目のICチャンピオンを、同時に保持したことがある。同時にNWAとWWFのレイティングの上位に顔を出すという離れ業をやってのけたのは、この時のパテラ以外いない。パテラはWWFにもセントルイスにも欲され、MSGとキールを往復した。中央集権制を採っていなかったNWAだが、キールはMSGであり、SLはNYだった。レスリングビゲストシティとリアルなブライトライツビグシティは実際、とてもリンクが激しかった。
若きミズーリの若鷲バックランドを、マクマンシニアがいち早く分捕って、サンマルティノの後釜に据えた時など、マクマンの先制パンチであり、本流への奇襲戦法だと、キナを煽る見方が多勢だった。デビアシーをさらに東上させ、ハルクにぶつけたりした時などは輪を掛けてさらに二重に裏返しに。
バックランドとデビアシーに関しては、NWA主流派とWWFの間で綱引きがあった。結局、NWA主流派としては、デビアシーは渡さないということで、バックランドが、NWAタイトル戦線より脱落と同時に、WWFチャンプになる。ミズーリタイトルはWWF王者の養成も始めることになりつつ、デビアシーは、NWA主流派ガイゲル・アドキッセン・ファンク・ワッツ・ボーシュ・ラインの、次期世界大本命になった。
バックランドかデビアシーか。今から思えば信じられないことかもしれないが、当時はこの二人がテーズの再来などと持てはやされ、フレアーなどは、ジョージ・ワグナーやダスティ・ローズのようなショーマン派として区別を受け、差別をされていた。明確ではないにしろ、この時代まだ、その雰囲気はあったと思う。ロジャースやダスティはチャンプ以降、派手なローブを止めさせられているし、フレアーも蝶の刺繍のタイツを止めさせられている。フレアーはチャンプ時代、ストラットもWHOOもそれほどやらなかった。タイトル戦でストラットが見れたヤツはラッキーだというくらいのものだった。
デビアシーは、テーズの再来ともいうべき活躍を見せたブリスコの、そのまた再来としてのアクトが期待されていた。ガイゲルは81年7月まで、完璧にことを進めていた。しかし、どこで風向きが変わったのかは分からないが、8月の総会で出た結論は、フレアーだった。JCPはNWA脱退カードをちらつかせ、全会員にフレアー支持を迫ったともいう。フレアーは翌9月にさっさと、デビアシーの地元カンサスで、チャンプになってしまう。フレアーは、ミズーリ王者経験のない、はじめての本格チャンプになった。フレアー以降、デイヴィッド・フォン・エリックもケリー・フォン・エリックも本格政権は敷けず、いわんやジェリー・ブラックウェルなどが、チャンプになれる目も筋も、途絶える方向に一直線だった。ミズーリタイトルは、その存立理念は、デビアシーが王者になれなかったこととともに、これまたフレアーによって、葬られたと言える。
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