To be the Playboy(2) | HWD+e

To be the Playboy(2)

ミッドアトランティックでUSタイトル統合の仕事を終えた後は、ローズはWWFに進出、実質的に、バックランドの最後の本格的ライヴァルを務めた。バックブリーカーと並ぶ得意技ドリルアホールパイルドライヴァーで、IC王者ペドロも追い込んだ。パイルドライヴァーの名手としては名高く、その教科書に載りそうな正確なフォームは、抱え込んだ背の丸みと、ピンと伸びた両脚が、金髪のブタの容姿とともに絶妙の味を醸していた。

 

89年に藤波が日本に持ち出して来た“北西太平洋タイトル”は、ダーティホワイトボーイ・リーン・デントンが奪回にやって来たが、このタイトルの顔役というのは一も二もなく、このプレイボーイ・バディ・ローズに相違ない。当地の主役PNWチャンプとして、フレアーがここに来た際には、ベビーとしてオレゴンファンの声援を一身に受け、フレアーとの世界戦を何度も構成した。

 

オレゴンPNWは、パイパーをはじめ若き日のザ・ボディ・ヴェンチュラやスーパーフライ・スヌーカ、マット・ボーン、カート・ヘニング、リック・ルード、レイヴェンらが巣立った地でもあるが、終局最大のカリスマとしてここを支配したのは、このローズだった。トーニャ・ハーディングとて、ローズ以外の選択肢は、ここであろうはずもなかった。

 

86年のAWA。斜陽著しかったAWAの巻き返しを、ガニアはかつてのキャンプいちのセンスの持ち主に頼った。土居アナ?渾身の名コピー、“ダグとバディのキザ野郎コンビ”。AWA世界タグタイトル戦、vs.ミッドナイトロッカーズ。時にインサイドケージで行われた名勝負シリーズ。プリティボーイ・ダグ・サマーズもキャンプ出身の腕達者。傍らにはもちろん、シェリー・マーテル姉御。ESPNでHBKの全米デビュー作となったこの対決は、斜陽著しい当時のAWAを、一時的に盛り返したりもする。今思えば、これがローズ最後の晴れ舞台でもあった。

 

オレゴンは、NWAの残党としてはかなり最後の方まで粘ったが、オーエン一家が引退という形で、PNWはなくなっていく。ダイアモンド・ティモシー・フラワーズ3世などが、ボーダーエリア辺りで起こしたインディーズなどにも関わったと記憶するが、もうこの頃には、取り返しのつかないくらいに太っていたのではなかったか。エド・ウィスコスキーとスクールも営んでいたというが、あのロビンソン・バックブリーカーをマスター出来た生徒はいただろうか。

 

日本では、ダスティと作ったコンビネーションが印象深い。急造ティームなのにもかかわらず、目まぐるしいタッチワークやらなんやらで、報道ステーションの喋り職人を、思わず噛ませてもいた。

 

赤いローブを羽織り、全ての技をそつなくこなし、ストラットも踏んだ。ジェットフラインリムジンライドのPVを作り、女性をはべらせた。オレゴンのフレアーか、ポートランドのターリー・ブランチャードか。ラリーZのようにワイズでもあり、ダスティのようにサニーでもあり、時にアーン・アンダーソンのようにペールでもあり。そういえば初期のレッスルマニアでは、別名エクスキューショナーとしてマスク登場してもいる。つまり、ロジャー・スミスのようでもあり。そしてやはり、レイ“ザ・クリップラー”スティーヴンスの後継者でもあり。

 

もうとっくに引退して、顔も見せない日々は、ある意味僕らの中では、既に死んでいたとも言える。別な言い方をすれば、これからも思い出の中ではずっと、生き続けているとも。

 

US王者にして世界タグ王者。バディにもまた、確実にHOFの資格がある。ずっと夢を見て、今も見てる。我々にそのBGMが思い浮かばせるのは、女たらしのポール・パースマンのあの、屈託のない、憎めない笑顔、の方だろうか。ポートランドに記帳とかには行かないけれど、我々はこの島からさり気なく祈る、愛しのプレイボーイ、バディ・ローズの、つまりその、何かのために・・。

 

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