ノースアメリカン・タイトル(1) | HWD+e

ノースアメリカン・タイトル(1)

 今年のHOFer、カウボーイ・ビル・ワッツにまつわり、ブッカーについていくつか思っていたところを、と言っておいたが、ワッツと言えば、これもやはりいずれ書くと言ってずっと放っておいた、ノースアメリカン・タイトル。ブッカーについてはやはりまたいずれ書くとして、ここはノースアメリカン・タイトルを先に。特にビル・ワッツのノースアメリカン・タイトルについては、これは今も生きているという説もあり、面白い。


 69年にNWAトライステーツに現れてからのノースアメリカン・タイトルは、これはもう、御存知ワッツの代名詞。一時ワッツの同地離脱とともに、ジョージアやフロリダへ分裂したが、エッセンシャルはいつもワッツとともにあった、自他ともに認めるワッツのタイトル。79年にワッツがトライステーツから独立してMSWAを作った際にも、額面上はNWA傘下のグループではなかったMSWAに、このタイトルは悠々持ち出され、MSWAノースアメリカン・タイトルと呼ばれるようになっている。後にミスター・レスリングⅡへメモリアルタイトルの形で委譲?されたノースアメリカン・タイトルは、ジョージア時代に分裂したワッツのタイトルが原資だ。


 MSWAノースアメリカン・タイトルは、ワッツをはじめ、マードック、デビアシー、オーンドーフ、マグナム、リードなど、名チャンプを生み出した後、ドクターデスの時代に、UWF世界タイトルという名称に変わる。


 MSWA改めUWFは、TBSで全米ネット・パワーアワーを始めるなどしたが、或いはそれゆえか、NWA/JCPへ協議吸収。ワッツはここで一時身を引く。その後のノースアメリカン・タイトルことUWFタイトルはどうなったか。



 ノースアメリカン・タイトルは、69年にトライステーツに現れる前は、アマリロに在った。それこそやはり今年のHOFerになったファンクスの親父の、ファンク・シニアの代名詞だった。ドリー・シニアと、NWA会長で有名だったボブ・ガイゲルの代名詞だった。


 このシニアとガイゲルの代名詞が、ドリーJr.が世界に就いてから、突然、ウェスタン・タイトルと名前を変える。そしてすぐ、オクラホマとカルガリーに、ノースアメリカン・タイトルが現れる。


 つまり、この年次かのNWA総会で、若きドリーJr.の世界就任と引き換えに、アマリロの看板タイトルであるノースアメリカン・タイトルを開放しろという取引を、引き出したのではないかという。ワッツなら凄みそうな気がするのだ。だから、ウェスタン・タイトルとUWFノースアメリカン・タイトルは、基本的に同質であると。


 アマリロは、テリーが世界を降りた後の80年頃、テリトリーを閉じ、単発でのショー以外は打たなくなっていくのだが、おそらく、アマリロの何らかのNWA的権利を後期JCPに譲ったのだろう、ウェスタン・タイトルは、87年に突然、JCPに、ウェスタンステイツ・ヘリテイジ・タイトルとして、スゥイートウォーター出身バリー・ウィンダムをチャンプに、復活する。


 UWFノースアメリカン王者“ドクターデス”スティーヴ・ウィリアムスはJCP入り後、まず、ウェスタンステイツ・ヘリテイジ王者バリー・ウィンダムと、スターケード87での、複雑極まる実質的統一戦。


 UWFタイトルもノースアメリカン・タイトルも、JCPでは扱われなかったが、この“統一戦”で、オクラホマロールで丸められたウィンダムの方に、ノースアメリカン・タイトルは納められたと診ている。


<続く>

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