NWA & NZLT (4)
<前回から続く>
コラーゾの新NWAが、新しい組織のプレジデントに選んだのが、スティーヴ・リッカードである。かつてのメンバーが一人もいない、それどころか、かつてのプレジデントが率先して潰しにかかったNWA。全く違う新しい組織であるなどとも揶揄されながら、それでもNWAが生き永らえたのは、かつての唯一のメンバーであり、NWAを潰さなかった唯一のメンバーであるリッカードが、そこにブリッジとして居るからである。
新しいNWAのプレジデントにスティーヴ・リッカードを選んだそのセンスが、NWAを無視できない存在にした。あの時フレアーに真っ先に加勢したリッカードへの記憶。今度はリッカードに我々が義勇する番かなと。リッカードに対する敬意として、言わばリッカードメモリアルを含む形で、特別なタイトルを認めてもいいのではないかと。
戦後40年、世界タイトルを管理してきた団体だとの歴史の迫力。それを繋いだリッカードにより、NWAは迫力の影響力を保った。WCWが終わり、その受け皿となるべく出現したWWSやWWA、或いはTCWやXWF。ジャレットはWWSやWWAでメーンを張り、規模の大きなショーを打ち、タイトルにも就いたが、WWSやWWAがどうともならなかったのは、勝手に作ったタイトルとして、無視が出来得る存在だったからである。
が、元WCWチャンプであり、ICチャンプであり、USチャンプであり、NWA北米チャンプであり、ホースメンでもあったジャレットが、リッカードメモリアルを巻いて活動するとなると、無視してはならないレスリング史的事変となる。TNAタイトルは、リッカードメモリアルの暖簾を分けられたハードカレンシー。NWAタイトルが、リッカードNZLのちっぽけなオフィスのどん底から、スパイクのメーンを作り出したという米夢ぽさが、ファンの心を擽りもする。
TNAから引き上げた後も、NWAの基本線は変わらない。コアなファンが、善意で運営している概観だ。もはやリッカードの面影もコラーゾの泣き顔イメージもなく、一時の乱暴なメンバーの印象も薄くなり、まるでカリフラワーチックな親睦団体のようになりつつある。ボックウィンクルやフレアーをHOFに招き、コラーゾ時代からは想像もできない空気が注がれてもいる。
もはや潰せないNWA。もはや潰れるとかいう次元のハナシでもなく、怖いものもないだろう。ドン底から蘇ってみせたのだ。もはや無視するも何も、サイトにはかつてのロゴが躍り、全世界のかつてのファンが、フレアーがコーバスクリスティやヴァージニアのショーに来たことを、tubeで観て全て知るのである。
ネイションワイドケーブルにそのシステムを破壊されたかつての大NWA。しかし今やTV自体がメディアの王の座を揺るがされ、PPVも20年態依然の技術になりつつある。言わばTV番組など、誰でも作り、持てる時代だ。NWAが時代を追われた理由そのものが、消失している。ならばNWAが蘇生して、おかしいことは何もない。
NWAは、かつて世界のレスリングビジネスを支配した組織だ。WWEもWCWもECWもTNAもAWAもNJもAJも、全て一度はNWAのメンバーであり、NWAが生んだグループだ。それは紛れもない事実であり、それがNWAを生き永らえせている生命力の源でもある。古臭いシステムを、時代遅れだと必死で潰そうと頑張ったが、歴史はNWAを殺さなかった。そしてそれにはきっと、意味もある。
<続く>
- Once Were Warriors/New Zealand Maori
- ¥16,195
- Amazon.co.jp