New Climax
ベストオブスーパーJr 15year Anniv. 賞金500万円と、G1CLMXへの出場権。IWGP-Jr.チャンプ井上二冠、卒してヘヴィーへ。珍しく分かり易くもあり。
最近はクルーザーも受難。いつの間にか居なくもなっている。エディGやCCCBが巣立って行った場。NJJr.にも何か変化の時か。
今年はクライマックスにIWGPチャンプの参加は無く、ウィナーが直後に挑戦の儀。それでよかった、の感。そもそもチャンピオンがエントリーするというのは、その理論的背景が、あまり確りしていないように思う。
チャンプ単体より、より稼げるというあからさまな背景? 興行として華が出るという単純な背景? それとも特に考えていなかった?
例えば、WWEチャンプが、ランブルに出ても意味はない。ハルクがKORに出たこともない。
シングルのチャンプが最強タグなどの、トーニーに出るというのも解せない。
昔JCPであったジム・クロケット・シニア・メモリアルのタグティームトーニー。賞金は100万ドル。しかしこれに、チャンプのフレアーが、誰かとタグティームを作ってエントリーなどしない。シングルの世界タイトルは、何にも勝る価値があるから、最高峰に居る者が、わざわざそれより価値のない物を、取りに行ってどうするのかという思弁が働く。最高峰防衛がおろそかになるだけではないかと。
IWGPチャンプがG1に出ることに何の意味が? 優勝することにどんなメリットが? チャンピオンベルトを無視されて、最強決めるとか言われて、真夏の過酷を乗り切って、負けたらチャンプが負けたと言われ、勝ってもそのまま、準優勝の者の挑戦などを受けるだけ。おそらく多くの人に蟠れたまま進撃してきた真夏の祭典。しかし立ち止まれた時にこそ思え、これは何だったろうかと。
IWGPチャンプの最高のパフォーマンスは、IWGPタイトルマッチである。G1に出場して、チャンプでない者と一絡げにされて、一緒のトーニーを戦うなど、IWGPチャンプになった労苦をネグレクトされているようなもの。チャンプはチャンプとして、その他の者の挑戦を、堂々と受ければいいのである。夏に、盆休みに、まとまったビッグショーを作りたければ、IWGPチャンプが連日に渡って張胸と、チャンプとして挑戦を受ければいいのである。86年の夏にフレアーが、バッシュツアーでやったように。
天コジG1タグ出場。知らなかったとコジ。その後に続くのだろう、最強タグはどうするのか。連続するタグリーグとは、これもまた今、一体何を意味しよう。
カーニヴァル、BOSJ、クライマックス、最強タグ。このくらいは、業界全体で共有して、価値を集約なり一元化なり、分かりやすくする必要はないだろうか。分散化も平均化し、山も川も見えなくなっている果てしない地平線だ。MSGタグリーグにバックランドが来て、最強タグにレイスとニックが来ていた頃のフォーマットが、ここまでそのまま通用して来たのが、そもそも不思議だったのだ。そろそろ国内の大事に思えるものは、大事に扱えるようにしなくては。もう、世界タイトルは日本の手に届くところには、降りてこないかもしれないのだ。
30年前の良質コンテンツにも、脱皮するべき時期は来ている。NPBにもおいていかれたら、流石にキビシイ。
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