That was the Total Package! (1)
85年、USFLから、ホーガンと同じヒロ・マツダのコーチを経て、タンパでデビュー。その足で南部王者ワフーを襲い、これに2週間の怪我を負わせる。復帰したチーフから、いきなり南部ヘヴィー級を奪取。翌年にはバトルオブザベルツ2で、フレアーに挑戦してブロードウェイをやった。
87年にはJCPに進出、デビュー1年でフレアーと引き分けた、フレアーの大の苦手だと、仲間に入れる理由を作られ、ホースメンに参加させられる。もちろん、いずれ起こる、フレアーとの大戦争を見越した策。3ヶ月後にはUSタイトルを獲得、翌年からは、フレアーへの挑戦をアピールし始める。
“This is the Total Package!”レックス・ルガーは、フレアーのワールドタイトル史上、その政権自体を、最も脅かしたライヴァルだった。88年7月のバルティモアバッシュでのフレアー対ルガー戦は、半年の宣伝期間を設けられた、JCP渾身のショー。フレアー対ルガーは、勿体に勿体つけられた大一番だった。例えばその間にも、スティング戦などは、通常兵器として、ハウスショーやクラッシュなどで使われ倒されていたのに対して。
ルガーの方が商品として、上層部に重く考えられていたことが分かる。そして、実際どうだっただろうか、ルガー戦の方が面白くはなかっただろうか。
フレアーはスティングとは手が合ったと言う。確かにフューチャーショックでのメーンは、田コロでのレイス戦の如き高レヴェルだった。しかし世界戦の緊張感に震えたのは、ルガー戦の度合いに譲ったのではなかろうか。88年にやった2回の世界戦はいずれも名勝負。フレアーのタイトル戦史上でも、かなり内容の濃かったフュードだった。特にスコープでのトゥルーグリットは、ルガー生涯のベストバウトだったはずだ。
ルガーはトゥルーグリットの内容を評価され、翌年からはUSチャンプを本格的に任される。ウィンダムを沈め、ヘイズを返り討ちにし、スティムボート、リッチ、ピルマン、ハンセン、スパイヴィー、ニキタ、シド、ムタ・・・。全て片付けた。特に89年の、蛍光グリーンのトランクスでロングヘアの、剣闘士ローブのマッシヴな体躯で、スティムボートやピルマンらのベビーを、ヒールマナーでかわしまくるルガーは、US王者として、文句のつけどころが無い完璧さだった。89年だけを見るなら、ルガーは立派な次期世界チャンプ候補の最右翼。ハードにゴーサインを出させるに、納得できる素敵さだった。
スティングの怪我で、ルガー政策が修正を余儀なくされたことは、今思えば遺憾の極み。ワイルドシングとキャピタルコンバットでのスティングの代打のため、悪党修行の打ち切り。この時ルガーは、次期候補としての重要な課題の真っ最中だった。ジャンピングフォーアームが通用せず、滑り落ちるフレアー。僧坊筋を強調させる都会の恐竜。ワシントンDCでのケージ戦は、2年前と同じように面白かったが、未だ2年前と同じ、でもあった。
一年後、シドとムタを連続秒殺し、問題の事件の当事者に。「We Want Flair」の大コールの中での戴冠は、ルガーには気の毒だったと思う。が、ルガーを一度はチャンプにするなら、あの時期が限度だった。
WCW王者ルガーは、悪くはなかったと思う。レイスを付けてシモンズとやったハロウィンもエッグドームでのチョウノ戦も、及第点のメーンを構成した。だが、WCWがあそこまでして欲したのは、ホーガン的な主役なのではなかったのか。何故かWCWは、ルガーに黒のトランクスを履かせ、悪役を強いてパイルドライヴァーまでをも付焼刃した。フレアーを追い出してフレアーを作るような矛盾。ならばルガーの、フレアーとの差が、如実に浮かび上がる。
フレアー路線を行くなら、土台フレアーほど技巧がないルガー。ヒートしないルガー政権。そこへWWFの魔の手。ルガーは期待されたスティング戦を凡戦で終わらせた後、アレほどまでして獲ったWCWタイトルを捨てて、WWF入りする。<続く>
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