road to starrcade (2) | HWD+e

road to starrcade (2)

 フレアーは世界の、全てのトップレスラーと世界戦をしたと評しても過言ではない。正に世界チャンプと言うに相応しいキングだった。


 同じガニアキャンプ出身の、ライトヘヴィー級の第一人者マイク・グレアムとは、フロリダで何度も好勝負をした。


 オレゴンへ行けば、やはり同じガニアキャンプ出身の、PNW王者プレイボーイ・バディ・ローズが襲い掛かってきた。バックランドも苦しめたプレイボーイ。元US王者。彼もいつかHOFerになってくれることだろう。


 WWFチャンプ・バックランドとも、独立記念日にアトランタで、ダブルタイトル戦をやった。バックランドもガニアキャンプ経験がある。


 サージこと、US王者でありアメリカス王者サージェント・スローターとの一戦は、カロライナやブレンダンバーンのビッグショーのメーンを沸かす、人気カードだった。


 アラバマでは当地のスーパースター、ユニヴァーサルハートスロブこと、サウスイースタン王者“ジ・イリディスティブル”オースティン・アイドルと向かい合った。アイドルもハンサムで、フィギュアフォーの使い手で、何よりフレアーと同じ、セスナ事故から変身してカンバックした男。鉄腕ビリーの進化系と言われたアイドルとフレアーのフュードは、まるでバディ・ロジャースとスーパースター・グレアムが戦っているようだと評された。


 トリニダート・トバゴでは、Jr.王者ディック・スタインボーンとも戦った。プエルト・リコではユニヴァーサル王者コロン、オーストラリアではCWA王者マーク・ルーイン、カナダではカナディアン王者ディノ・ブラヴォ。日本では、PWF王者テンリュウやチョウシュウの挑戦も受けた。AWA王者のリッキー・マーテルとも、日本でダブルタイトル戦をやった。


 AWAでは師匠であり、英連邦の王者ロビンソンの挑戦も受けている。名AWA王者ボックウィンクルとの対峙は、今で言えば正に、フレアー対HBKのムードが漂った。サザン王者キング・ジェリー・ローラーとも、メンフィスで確か一度戦っている。


 マーテルの後のAWA王者で日本の人気者、“バッドガイ・フロム・ボーガー・テキサス”スタン・ザ・ラリアット・ハンセンの挑戦も、ジョージアで2度、退けている。


 テキサスでは若い勢力の代表格、アメリカン王者やテキサス王者のフォン・エリック・ブラザース。手の平エイリアンが吸い付くのを堪えるフレアー。ディスカスパンチにもんどりうつフレアー。フレアーは若いデイヴィッドやケリーと戦うことによって、自らも成長していったようにも思う。ビリー・ジャックやテリー・ゴディ、ストーンコールドの師匠ジェントルマン・クリス・アダムス・・・リユニオンアリーナの風景も思い出深い。


 中西部では老雄ブルドッグ・ボブ・ブラウン、ディック・ザ・ブルーザー・アフィルスやマイク・ジョージ、ブルーザー・ボブ・スゥィータンらが、地元の声援とセントラルステーツ・タイトルを背に燃えて来た。


 深南部ではニューオーリンズのスーパードームなどで、ノースアメリカン王者テリー・テイラーやポール・オーンドーフ。


 マグナムは、ターリーが自身の“スティムボート”にすべく、フロリダからサンアントニオに引っ張って来た若者だが、MSWA北米王者を経て、JCPでUSタイトルを獲得。フレアーのアーチライヴァルの一人に育ってくれた。鼻を折られた?タグ王者リッキー・モートンも、フレアー戦以外でシングルであれだけやれたことはなかった。


 最初のバッシュとスターケード86での、史上最高のUS王者ニキタとの数え歌。スターケード87へのナショナル王者ロン・ガーヴィン戦タイトルチェンジ。バッシュツアー開幕戦やナッソーのPPVで闘ったホーク。シカゴでアニマルとやったノーコンテストまでが感慨深い。ヘイズとゴージャス・ジミーのフリーバーズ。ヴァーシティクラブのTV王者、ロトンドにリック・スタイナー。


 PPVという集客法が始まって以来、タイトル戦のマッチメークは変わる。88年以降はフレアーも、PPVでのルガーかスティング以外の挑戦を受けなくなっていった。そのマッチメーク法は今も基本的に続いてもいる。しかし、少なくともICやUSチャンプの経験者には、それなりの舞台での絶対挑戦権を、保障してもいいのではないか。フレアーの時代のカラフルなチャレンジャー群とその肩書きを見て、改めて今、そう思う。


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