Charlotte rite (4) | HWD+e

Charlotte rite (4)

 JCPの76~81年、フレアーのUSチャンピオンデイズ。他にも多くの想い出のレスラー達が。ここでまとめて。


 スーパーフライ・ジミー・スヌーカは、数度のUSタイトルチェンジに関った。スヌーカのジャンピングヘッドバット、ダイヴィングヘッドバットの立体技に、フレアーは倒立してのニースタンプ連発の脚殺しで、徹底抗戦したと。フレアーは特にチャンプ後期以降、この倒立してのニースタンプとジャンピングエルボードロップをほとんど使わなくなったが、反り返るほど振り幅を取った、滞空時間の長い膝は、一時はフレアーの見せ場のひとつだった。


 チーフ・ワフー・マクダニエルは、フレアーの先生の一人。ガニアキャンプでもコーチを務めていた、アマレス(インディアンレスリング?)の達人であり、プロフットボウラー。エアプレインクラッシュから復帰し、ネイチュアボーイとなったフレアーの最初のライヴァルで、フレアーはこのフュードを成功させたことで、一気にチャンプ候補に躍り出たとされる。今やフレアーの代名詞となったナイフエッジチョップは、このワフーのトマホークが原型。


 チーフとは、チャンプになってからも何度も世界戦をしているが、タンパの嵐の中で行われたバトルオブザベルツでの一戦は、チョップの打ち合いに雷鳴の効果音が重なり、劇的に仕上がった代表的チョップマッチとして語り継がれている。


 ブラックジャック・マリガンも先生の一人。怪物と恐れられていたマリガンに、果敢に一騎討ちを挑み、フレアーはラフとガッツを手に入れて行った。このガッツを評価され、ベビー転向後には、マリガンはフレアーのボディガード役を買って出てもいる。タグを組み、タイトルを獲ったことも。HBK&ディーゼルは、これがモチーフだったとも言われる。


 #1ポール・ジョーンズから学んだことも多かったのではないか。ファンフェイウァレットもルールブレイカーも巧みに使いこなす、ハンサムでダンディな、プレイボーイのカウボーイ。フレアーが現れる前、この地を、サンアントニオにおけるターリー・ブランチャードのような立場で支配していた、復活初期の代表的なUSチャンプ。クリッパー・レイ・スティーヴンスのようにバンプが上手く、派手なやられっぷりにも定評があった。フレアーが時に見せた過剰なやられ具合の反応は、ジョーンズに似ているなと思ったことも少なくない。


 初めてUSタイトルを奪った相手のボボ・ブラジルは、かつてロジャースを破り、幻の世界を手にしていた男。ジョージ・スコットの狙いは、あの時奪ったロジャースの幻影を、USタイトルとともにフレアーに移動させることだったと。


 そのオリジナルネイチュアボーイ・バディ・ロジャースも、フレアーと戦うために、実にフレアーの現在の年齢と同じ58歳で、旧友ジョージ・スコットの説得に応じ、しかも悪役として、シャーロッテのリングに、15年振りに復帰した。


 ジム・クロケット・ジュニアとの出逢いや、デイヴ・クロケットとの友情。職人ティミー・ウッズ。アンダーソンズ、リップ・ホーク、マスクド・スーパースター、モスカ、アイアンシーク、アイヴァン・コロフ、パイパー、スゥィートエボニーダイアモンド・・・。


 この時期のシャーロッテでのエピソードの一つ一つが、フレアーを形作った、欠かせない血肉に思える。全てが名チャンプを作るのに必要な、位階の順序のようにも。それぞれの課題。名チャンプへの階段。


 チャンプを作るための全エトス。我々のバイブルガーデン。あの時代のシャーロッテに“ライトタイム・ライトプレイス”していた人達が、うらやましくて仕方がない。


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