the Enterprising HORSEMAN (3)
<前回から続く>
そして更に、噂が飛んだ。ジョージアのオレィ・アンダーソンが、この、新しいNWA構想ともいうべきものに、参加するべく口説かれていると。
当時ジョージアのオレィは、同じNWA傘下のWWFテリトリー、ペンシルヴァニアへの進出が、NWA内で問題視されていた。地元アトランタの全米ネットを取り付けて、サウスウェストと同じ野望を持ち、「ジョージアオフィスは、ハーリー・レイスを世界王者とは認めない」と血気盛んだった頃だ。
ジョージアは参加せず様子を伺っていたようだったが、ジョージアの背後にJPCがいたのは明かで、だとするなら、サウスウェストとJCPも、何らかの接触を持っていたとしても不思議ではない。サウスウェスト一派が躍動した数ヶ月、偶然にもその時だけ、フレアーはタイトルを降りているのである。
お家の一大事に、レイスがベルトを欲したからだと、当時は言われた。フレアーはミズーリ王者として援護射撃をしたが、矢面には立たなかった。キングコング・ブロディを引き抜かれて、テーズとファンクの協力のもと、USAネットでキールに乗り込まれているのである。NWAが本気で一丸なら、アトランタとその後ろ盾のJCPが、フレアー前面に、WTBSでチェッカーで迎え撃つべきだったはずだ。
JCPはサウスウェスト一派の動向を、見守っていたフシがある。元々アレは、自分たちが5年前に書いたプロットである。やったらどうなるものかと、ターリーにやらせてみたフシも伺える。ターリーは新人時代にカロライナで修行の経験があり、このジョーの息子の底知れないポテンシャルに、オレィやフレアーが一目置いていたとしたら、頷けないハナシではないと思うのだ。
色々な面々の思惑が渦巻く、当時の総本山セントルイス。レイス派SWCは、10月、もう既にこの頃は実質、WWFが握っていた、当時のIWGP王者ホーガンを、AWAのガニアからのブックの形で、キールでレイスとのNWAタイトル戦を組み、遂にマティシックGSWEを蹴散らした。マティシックは最後にこう言って去っていったという。「次回からは、WWFがこのセントルイスを楽しませてくれるでしょう」と。USAネットはWWFに買われ、この日レイスとタイトル戦をやったホーガンは、翌年、WWF王者として、GSWEのような立場で、セントルイスに乗り込んで来た。あの15年戦争が始まった時は、セントルイスの戦争が終わり、SWCがホッと一息ついて間もなくだった。
ターリーはUSAネットでの、新NWAでっち上げ構想には敗走した。しかしターリーは最初から、これが成功するとも思っていなかった面も見て取れる。NWAベルトそっくりのアンディスヒューディッドベルトは、あまりにもニセモノ過ぎたし、アドニスにホームズ戦を口にさせたのも、実現不可能を見越したパフォーマンス。ターリー本人は、ニセモノベルトにもホームズにも、一切かかわろうとしなかった。何をしたかというなら、ファラ・フォーセットの彼氏とフュードし、そして、あの、伝説の、スパイク・ヒューバーとの戦いで、名前を全米に知らしめたことだった。
独立狼たちが、USAネットで総本山に乗り込んだ一連で、何を最も憶えているかというなら、それはターリーとヒューバーがやった、サンアントニオスタイルのテキサスデスマッチ10本勝負の凄絶であろう。観たわけではないが、こんな無謀なことをするヤツがいるのかという当時の衝撃は、決して忘れられない。ギミックマッチではない、本当のレスリングのデスマッチを教えてくれたのは、本物のハードコアレスリングレジェンド・ターリーだった。どちらかが10fallを先取するまで、延々と戦いは終わらないという、本当の意味でのレスリングのデスマッチ。付き合わされたヒューバーも大変だったろうが、サンアントニオにターリー・ブランチャードという、エクストリームなことをする奴がいると、全米が知った瞬間だった。<続く>
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