the Enterprising HORSEMAN (1) | HWD+e

the Enterprising HORSEMAN (1)

我々の偉大なキング、ネイチュアボーイ・リック・フレアーの、重要なキャリアの一ピリオドが迫っている。フレアーのメモリーの1つとして、WCWについて回顧して来たが、今度はフレアーの、忘れえぬライヴァル達について想い返すことにする。

リック・フレアー史上、最大のライヴァルは誰だったか。言われるようにホーガンだったか? 或いは実質的に15年戦争を戦い合ったVKMだったか? リング上で最も好勝負を展開出来たリッキー・スティムボートだったか? NWAタイトルを巡る大敵レイス? ダスティ? デビアシー? WCWでのネメシスは、スティングだったか。

しかしもっと本質的な意味で、誰がリック・フレアーに代わり得る存在だったかを問うに、つまり、誰がリック・フレアーのファンを、リック・フレアーの代わりとして納得させられるのかと考えた場合、それは、ターリー・ブランチャードだったと思っている。

ターリーは、カウボーイ・ボブ・エリスとともに、ハンサムなことで有名だった親父、ジョー・ブランチャードの息子として生まれる。ジョーは、血の気の多いタイプだったが、同時に技巧派で頭も切れ、ダラスのワールドクラスなどでは、マッチメーカーも任されていた。

親父譲りのプリティボーイ振りと頭脳明晰振りの息子ターリーは、ウェストテキサス大フットボールティームのQBとして活躍。ジョーはターリーの期待以上の成長振りに、目を細め続けたことだろう。何しろ本人は名門ティームのQBをやりながら、プロレスラーになることばかりを考えていたというのだから。

ジョー親父は思っただろう、この息子なら、自分が決してなれなかった、NWAチャンプになってくれるかもしれないと。しかし当時のテキサスで、そう思っていたのはジョーだけではなく、ジョーのボスだったジャック・アドキッセンも、5人の息子達に、同じ思いを託していた。

ジャック・アドキッセンは、ご存知フリッツ・フォン・エリック。アイアンクロウで全米を席巻し、ダラスに一大帝国を築いた。ダラスはエリックランドと言われ、後にアドキッセンは、NWAプレジデントにもなった。そのエリックでも、AWAチャンプにはなったが、NWAタイトルは獲れなかった。

ジョーが、無謀とも言われたテキサスレスリングウォーに踏み切ったのは、エリック絶対主義のダラスに対し、エリックの息子以上の才能ターリーに、世界チャンプになるための、よりよい環境を整えたかったからだと、言われている。

程なくターリーは、ダイナミックデュオで、軽いご挨拶。しかしブランチャードの息子は凄いと業界に知らしめるには、それは十分過ぎる会釈だった。サンアントニオ在住の、マイケル・ヒッケンボトム少年の受けた衝撃は、想像に難くない。ダラスのエリックスやヒューストンのマスカラスとは違う、ハンサムでクールな、悪役のヒーロー。毒々しい色のマント。間違いなく、HBKの原典がここにある。

ハンサムでクールな、ヒールの主役を称える地はこの当時、AWAのボックウィンクルとカロライナのフレアーぐらいのもの。もちろんターリーは、歳の近いフレアーをライヴァル視し、また参考にもしていた。ジノ・ヘルナンデスとのスーパーデュオは、フレアーとヴァレンタインのニューブロンズを意識して作ったものだ。

ジノとのデュオでの、有名な牛の皮のストラップの、SWCW「ワールド」タグティームタイトル。フロリダのテリー・アレンを見つけてここに連れて来て、マグナムの基礎を作ったのもターリーだ。レスラーとしてブッカーとして、ターリーはカウボーイと空軍の街で、腕を着実に磨いていく。 <続く>





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