Montreal screwed Toronto | HWD+e

Montreal screwed Toronto

 モントリオールスクリュージョブ、10th.アニヴァーサリ。防衛してタイトルは置いて行くと言っていたヒットマン。それをさせなかったマクマン。


 エリック・ビショフは、ヒットマンが負けずにナイトロにやって来ていたら、どうしていたか。アランドラにやらせたように、バディ・ロジャースから続く、ブルーノやハルクの歴史を、ゴミ箱に突っ込んだだろうか。


 ベルトは置いて行くつもりだったとヒットマン。しかしそれでは済まないからこそ、タイトルというものには価値がある。チャンプが負けずに去ったとしたら、そのタイトルの実質は、チャンプに付いて行くのである。WWFタイトル自体が、そこを支点にレヴァレッジした側面を持つタイトルなのだということは、決して忘れられてはならない。


 ところも同じカナダで、確か3本勝負の1本目を、バックドロップを決められて失った王者ロジャースは、これで怪我か何かをしたことを訴え、2本目を放棄したか、或いはDQで早々と切り上げたかをした。3本勝負では2本をクリアに取らなければタイトルは移動しない。しかしNWAはカナダでの特別ルールか何かを主張して、強引にタイトルをロジャースから奪い去ったと言われている。


 これをスクリューと感じたロジャースを支持するグループは、ロジャースは依然チャンプのままだとして東部で独立、WWWFを発進させる。その後独立系の侵攻にさらされたWWWFはアライアンスに復帰し、WWFとなった後84年に再び、同じNWAメンバーからの侵略を受けたことを理由に、NWAから抜けた。


 WWFタイトルは以降、世界を再び名乗り始めるわけだが、WWWFタイトルが世界タイトルだとする一定の要件はあったとしても、一度NWAに戻って、無条件降伏に近い形で世界の2文字をはずした経緯は、WWFタイトルが再び世界を名乗る上では、まことに都合がよろしくなかった。しかも84年1月に、アイアンシークに勝ってWWFチャンプになったハルクは、83年10月のセントルイスでは、ハーリー・レイスに勝てなかったのである。そしてレイスを倒したのは、83年11月の、リック・フレアーだったのだから。


 「to be the MAN, you have to beat the MAN.」。 この言葉は、誰あろうハルクとWWFと、VKMに向けられていたものだった。ハルク、お前はレイスに勝てなかっただろうがと、アイアンシークに勝っただけで何が世界王者かと、世界王者を名乗りたいなら、オレを倒してみろと。


 実際にはVKMは、ビジネスでフレアーサイドを凌駕した。しかしそれでもWWFに軍配がなかなか上がらなかったのは、多くの人が、世界王座の実質は、フレアーサイドにあると感じていたからだ。実際、マクマンがどうしようも出来なかったのは、歴史と伝統に係わるこの部分だけだったはずだ。そうでなければWWFは、もっと早く、全米制覇を成し遂げていてよかった。フレアーのあの成句を、最も苦々しく聞いていたのは、VKMだったに違いない。


 だからこそ、もし、あの時ヒットマンの言うまま、防衛させて去らせるなどいうことをしてみせたら、何が起こるかということを、VKMには痛いほどよく理解出来た。ハートをあのまま行かせたら、今度はハートに、フレアーのあの成句を、必ず使われる。ハートが言わずとも、ビショフには間違いなく引き合いに出される。今度はWWFが、ペンシルヴァニアのスクリューをやり返す番だった。


 あの事件に関しては、ハートも甘かった。本気でヤルというのなら、他のやり方はあった。91年7月のフレアーがやったような。あの事件に関しても、あの時フレアーが、ジェイムズ・ハードの言うままタイトルを置いて来てなどしていたら、今頃世界ヘヴィー級タイトルは、ハードなんかの手で、亡き物にされていたかもしれないのである。


 レスリングのタイトルを、誰がどう認識し、その認識のもと、如何にその正義を貫いて来たのか。


 フレアーとマクマンのやり方は全く反対方向からのそれだが、突進すべきところは同じ。タイトルのグレードを守り、延いてはこのビズのグラウンドを守ろうとする、神意にも似たデュティ。15年戦争の正体、それは、フレアーとマクマンが、凌ぎを削ってタイトルを互いから守り抜いてきた、その切磋の過程に他ならない。


 マクマンは、フレアーがチャンプを務められなくなった後、WCWを飲み込み、WWFタイトルと世界ヘヴィー級タイトルを一度統一。その上で、アグレッシヴな分裂を敢行した。2本のベルトの必要性、インシャランス、デモクラシ・・いろいろな見方はあるが、フレアーのベルトに対すWWFタイトルのあり方が、その対立軸の緊張関係が、このインダストリを大きくする力になっていたことは、VKMならずとも、我々にも実感としてあるのではないか。


 トロントでのスクリュー、「to be the MAN, you have to beat the MAN.」、そしてモントリオールスクリュージョブ・・。


 結の部分は、WCWタイトルを、91年7月の事件とともに見てから、に譲っておく。


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