ROODE Awakening?
マネージャーをブルックスにする際の大仰とも思える演出は、ジョーク半分、だったのかなんなのか。オマージュかリスペクトか皮肉か、そのなんともつかない全てのアクションをアトラクションとして、ボビー・ルードはやはり、気になる存在に仕上がっている。
ボビー・ヒーナンのころを頂点としたレスリング・マネージャーの文化。今ではとんと廃れたの感。カンパニーが丸抱えの現在、マネージャーは取り立てて必要でもない。今はウマガやカリなど、フォリナー・ギミック以外に付くことは、とても珍しくすらなっている。かつては殆どのレスラーがマネージャーを付けた。NYの悪党は誇らしげに、グラン・ウィザードを帯同するのがステータスだった。ICチャンプ達はこぞってヒーナンに頼った。ハルクやヒットマンもジミー・ハートの世話になった。日系にはフジ、怪物にはアルバーノ、ベビーにはスコーラン、ターリー・ブランチャードやⅣホースメンは、スーツの似合うダンディなJ.J.が仕切った。
女性マネをメジャーにしたのは、80年代初めのゴージャス・ジミー・ガーヴィン。SDを牛耳るヘイズの元相棒だ。有名なセンセイショナル・シェリーをはじめてマネに起用したのは、プレイボーイ・バディ・ローズ。ヘイマンやコーネットなども、元々マネージャーとして、マイナーリーグからスタートを切っている。バディ・ロジャースには弁護士ボビー・ディヴィス、テーズにはトレーナーのストラングラー・ルイス‥その形態も様々だった。
いわゆるエージェントが契約面を請け負い、ギミック・マネの存在がリアリティをなくした現在は、“ヒーナン”ですら現れにくくなっている。しかしそんな現状を押し退けてまで、ボビー・ルード、いや、ロバート・ルードが、半分ジョークに映ることを承知で、敢えてあれでやってみたかったこととは、何だろうか。
マネ選びで勿体つけるというのは、86年のマッチョマン、87年のルガー、87年のリック・ルードと、当時は使い尽くされた演出だ。ロバート・ルード本人も、マッチョマンへの懐古を口にもしていた。子供の頃憧れたレスラー像、そのクールさ、タフネスさ、フラムボーヤンス‥このビジネスで悪役を担おうなどという奇特な若者にとって、その偏狂なるセンスこそ、命の源泉と言っても過言ではない。環境など無視して、やりたいことを押し通すルードに、時代を引き寄せるグラヴィティを感じる。
ルード‥その名前から直ぐに連想させるは勿論、2タイムス世界ヘヴィー級王者の、ラヴィシング・リック・ルードだ。髭の感じとローブの着こなしは、ラヴィシング・ワンを思い出さずにはいられない。そして、シグネチュアムーヴはMr.Pの技の2連弾だときている。ICチャンプ達がハルクと真っ向対峙出来得ていたあの日を、ルードを見ていると取り戻してくれるのではないかと、そんな錯覚にすら陥る。
マッチョマン、ラヴィシング・ワン、Mr.P。これらの名プレーヤーへのリスペクツをあからさまに表出させるルードの姿勢に、その態度に、感性に、頼もしさを感じるRRRやヘニングのファンも少なくないはずだ。サクリファイスではジャレットから勝利をものにしたルード。新TNAベルトへの挑戦はもはや射程距離だ。勿論ジャレットは最初からそのつもりで、トラディショナルイメージ強化と売り出しを兼ねて、ルードにアレを許可したのだ。
時代が時代なら、勿論ボビー・ザ・ブレインに預けたい逸材のルード。時代が動くのは一人の突出した才能によってだ。ルードはそのアトラクションで、“新しいウィーザル”までをも呼び寄せるか。
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