90年4月のオースティンを脳裏に刻め ミスター・パーフェクト・カート・ヘニングを想う
カート・ヘニングについての想い出を挙げろと言うなら、それは語り尽くせない。世界で最も好きなレスラーの一人だったろうか。あれからもう、4年もの月日が経つ。
あどけなかった80年のMSG。紅顔のプリティボーイ。ラリーの息子。彼ももういない“ホットスタッフ”とともに、アンダーカードを沸かせていた。ポートランドでのPNWチャンピオン。トム・ズィンクとのタイトル・フュード。“ジ・アックス”との親子タグで、ウォリアーズに向かっていったタグ・タイトル戦。スコット・ホールとのタグ王者デイズも感慨深い。
87年のボックウィンクルとのAWAタイトルマッチ、タイムアップ・ドロー。あれは見事だった。カート生涯のベストバウトと言っても過言ではなかったろう。ボックウィンクルのリードも多分にあったのだろうが、この一戦のクオリティは高かった。これを評価され、間もなくAWAタイトルを手にする。ダークなシルヴァーブラウンの髪を長くなでつけた、不精髭も構わない、質実剛健な若きチャンピオン‥。AWAチャンピオンはデビュー時にカートとその周辺が描いていたゴールの風景。少々時期は早まったのだろうが、カートは立派なAWAチャンプに見えていた。ボックウィンクルに負けない、マーテル以上の。
WWFによる全米マットの新構図とその余波によるAWAの凋落。それに伴うチャンプ・カートの苦悩については、また別の稿で書く機会もあるだろう。しかしこの時期を経たからこそ、細部を徐々に整えて完成したIC王者“ミスター・パーフェクト”は、正に完璧であったと言える。
AWAタイトルを捨てて、WWFと契約したカート。“ミスター・パーフェクト”ギミックでその全ての才能をブルームさせた。AWAチャンプ時の少々の野暮ったさは何処へやら、金髪のカーリーをフワリとなびかせ、キレイなアゴと蛍光のイエローグリーンのシングレット。肩の筋肉の強烈な張りと盛り上がりはモノ凄く、そのフォルムは、最新のコルヴェットのようにピカピカにクールだった。90年初夏、ノーバディビートなミスター・パーフェクト32歳、完璧なパーフェクト・プライムの日々だった。
91年の秋には、フレアーのエグゼクティヴ・コンサルタントとして付いた。NYに於ける、アーンの位置だ。ローワーバックのケガ‥‥そうあっては欲しくないのだが、ステロイドの影響という噂も流れた。IC王者ミスター・パーフェクトは至極のデキで、ローリング・ネックスナップからパーフェクト・プレックスをフィニッシュに魅せたが、フレアーやターリー、ダブルJほどの、しなやかな動きと怪我をしないコンディショニングの能力では劣った。カートの動きは、いつもキレていたとは言い難かった。回転しての受け身など、オリジナリティあふるるアイディアは素晴らしかったけれど。結果的にMr.Pは、完璧なIC王者として、フレアーのように、チャンピオンタイプのタレントとしてのプライムを、永続きはさせられなかった。ケガは‥‥ステロイドのせいだとしたら、悲しみは増大する。
ハートとの戦い、ルガーとの戦い、マイクルスとの戦い、カラーコメンテーター、アシスタントブッカー‥‥トリプルHのマネージャー就任直後、WCWに転じ、ホースメン関連で事件を起こす。アーンが俺のスポットを君に譲ると言ったこと、フレアーが是非ともホースメンに入れようと画策したこと、そのクオリティ、ホースメン・マテリアル‥‥。そのホースメン・マテリアルの強調は、僕らにとっては何とも心地のいいイヴェントだった。“エリート・フォース”のファンの、何とも言えない優越感をくすぐる演出は、気持ちも良かった。そして一時ながら、カートのホースメンが実現する。フレアー、アーン、ジェフ、カート、マクマイケル、ベンワー‥‥ホースメン最強の時代だったろうか。
ウォーゲームでの事件などは忘れられないが、どうしたらいいのか。ここはフレアーさんやアーンさんの指示に従う。US王者。肩の筋肉のロスは、そこに大きな魅力の要素があったがゆえ、少々マイナスにと映った。フレアーはカートをアーチライヴァルとして作ろうと頑張ったが、ウィンダム同様、それほどには育たなかった。フレアーが老いていたせいだろうか。それとも、スティングやルガー、ルードよりもコンディションが一定しなかった彼らのせいだったろうか。
nWoでルードと共闘。ウィンダムス&ダンカンとのウェストテクサス・レッドネックス。アーンとのアシスタントブッカー連。「WWFからカラーコメンテーターで誘われているけど、もう少しアクティヴでいたい。」そう言って、オールジャパンにもやって来た。XWFを経てWWFに戻り、オースティンにはスタナーでやられた。RAWでは、フレアーやアーンとホースメンを本格的にリユナイトさせる計画もあったと聞く。でも計画は盛り上がらず、カートはいつの間にかフェイドアウトしてゆく。
最後のWWE時代、カートはガラにもなく頑張っていた。大きくて派手な受け身、出来るだけハードに、スピーディーに動いた。リキみすぎて、空回りも目立つくらいだった。TNAで仕切り直した時も、ハリキリ過ぎたのだろうか。
カートはもう、45歳だった。リタイアして、WWEのコメンテーターなり、エージェントなり、エグゼクティヴ・コンサルタントのジョブもあったろう。もう少し現役でいたい‥‥僕らも名IC王者パーフェクトの復活を期待し続けていたし、カート自身もそれが出来ると思っていた‥‥それだけ完全なIC王者の風景は、僕らの記憶に焼きついて離れなかったということだ。
ヘニング。カート・ヘニング。北海の獅子王の息子。ミスター・パーフェクト。イエローグリーンのシングレットからあふるる肩の筋肉。そこにたれるカーリーのブロンド。ブルドッグのようなぶっちょう面。ジニアスと笑う顔。ヒーナンとの名調子。ツイスティング・トーネード・パンチに吹っ飛ぶバンプ。メットセンターを逃げまわった後姿。ショートレインジのドロップキック。ローリング・ネックスナップ。パーフェクト・プレックス‥‥。ノウバディ・ビート・ミスター・パーフェクト‥‥ノウ・バディ―――――――ッ!
シングレットに白いタオルだけを持ち、勇壮なエントランス・ミュージックで登場するカートの、その笑う口もとから見え隠れするピンクのチューインガム。その姿が目に焼きついて離れない。もう見られなかろうその姿を僕らは、再び夢見続けた。US王者、まだまだだった。リヴァイヴするあのIC王者パーフェクトはまだある――それを無条件に夢見続けさせたものは何だったろうか。
史上最高のICチャンプ、カートは世界王者には、なれなかった。AWAは制したけれど。ミック・フォーリーだの、スティングだの、シドだのDDPだのブッカーだのがチャンプになったのに、最強ICチャンプがワールドチャンプの正史に名を刻めないのか――。
勿論リヴィングレジェンド達が、例えばムラコやパテラなどが、この先にワールドチャンプ史に名を刻めるかとなるとそうではない。カートも同様といえば同様だったろう。では何が悲しかったか。あの最高のIC王者を上回る新世界王者誕生へのわずかな期待が、完全に打ち砕かれたことへの絶望感だったのだろうか。
カートはもういない。我々はミスター・パーフェクトを決して忘れず、次のパーフェクトの出現を夢見ることもしよう。そしてカートは、90年のDVDの中で生きている。今も最高のICチャンプ、ミスター・パーフェクト・カート・ヘニング、07年のWWEホール・オブ・フェイマー。
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