皆様こんにちは、出不精な事務員Kです。
有難いことに友人らから食事の誘いなどを受けることがあるのですが、私があまりに出不精なために近場を選んでくれることが多いです。
甘えすぎかなとは思うんですが、遠いいと本当に行きたくないので......。せめて会計は多めに払うようにしています笑
とあるエッセイを読んでいたんですが、遊びの誘いに対して「いいよ」と返してしまうとちょっと上から目線かも...?と
私は相当なマイペースなのでそんなことを気にしたことなかったんですが、作者さんは相手の立場になって物事を考えられる方のようで......。
一文字の違いなんですけど、「いいよ」よりも「いいね」の方が明るいというか良い返事に思います。
遊びの誘いをして、いいね!と返ってきたらこっちまで嬉しくなっちゃいますね笑
他にも読んでいて共感できたことなんですが、「ごめん」より「ありがとう」の方が嬉しいんですよね。
友人を遊びに誘ったときに「ごめん!その日は空いてない!」って返ってきたんですよ。
つい「何も悪いことをしてないんだから、謝る必要なくない?笑」と言ってしまいました。
何も責めてないのに謝られると、むしろこっちが悪いことをした気になってくるんですよ笑
友人達は納得してくれたので、それから不要な「ごめん」はなくなりました。
逆に友人から指摘を受けたことなんですけど、「考えてる時って返事をしないよね」と......。
全く意識してなかったんですが、例えば「ボールペンある?」という質問に対して、私はボールペンを持って「はい」なんですよ。
返そうと思えば「んー、探してみる」ぐらいのことを言ってから、ボールペンを「はい」でいいんですけどね。
過程といいますか、コミュニケーションを大事にしないのは良くないな~と恥ずかしながら思いました笑
なんでしょう...数式を解くうえで簡単なところは省略するような感じでしょうか?
結果が良ければ過程などなんでも良いだろうと思っている節があります笑
エッセイなどを読んでいると思うことが多いのですが、物事の感じ方って人によって全然違いますよね。
私が不快に思うようなことが、他者にとっては嬉しいことだったり......。逆も然りです。
食べ物の好き嫌いで例えると分かりやすいですかね?
私はトマトが大嫌いなんですが、好きな人も多いですよね。
余談ですがトマト嫌いなので大体のピザが苦手です。トマトソースがね...どうにも......。
「○○を食べないのは人生で損をしているよ!」というような人もいますが、そんなことは自分で決めることですよね笑
まぁ、これは冗談で言っている人が大半だと思うので文字通り受け取るようなことではないですが。
好きも嫌いも決して押し付けるべきことではなく、それとなく共有するものですよね~