拡散のお願い
いま必要としている猫ハウスのためのクラウドファンディング
178名のご支援者様より
2,346,000円のご寄付を頂戴しております。
目標とする3,000,000円のうち
78%が達成されました
あたたかな応援を
誠にありがとうございます。
残り9日となりました。
どうか、こちらを拡散してください
https://congrant.com/project/capin/9825
クリックしてください
目標が達成できますように、皆様のあたたかな一押しの拡散、転載をよろしくお願いします
皆様、それぞれの地域で、飼い主がいない野良の猫や、捨てられた猫たちのために、がんばっておられるかと思います。
私たちも全国、世界中で猫助けをされる皆様とつながり、この茨城で活動と発信をしながら、
命とはなんだろう、
生きるとはなんだろう、と常に考えさせられています。
弱い小さな命たちを目の前にして、いつも思うのですが、
多くの自治体職員も、また住民も、必死に野に生きる小さな命には冷淡です。
フンが汚い、病気がうつる、鳴き声がいや、餌やるな、
餌やるな‼️
やらねば自然にいなくなる。
これを住民だけでなく、
市役所の環境課の公務員たちも口にするのです。
見えない場所で餓死や衰弱死、凍死をしても知ったこっちゃありません、
居なくなればそれでよい、と。
生き物に冷たい社会は、人への福祉もおろそかです。
福祉とは、つまり、しあわせ、ということです。
小さな弱い生き物に冷酷な社会は、
人もしあわせでない社会なのです。
大人たちの姿勢は子どもがよく見ています。
大人たちが野良猫に触るな、汚い、と言うか。
おなかすいてるよ、何かあげよう。怪我しているから
何とか捕まえて病院にみせようか、と言うか。
親や教師の姿勢はそのまま子への教育です。
命の大切さ、と教科書を読み上げる先生が、
学校に迷い込んだ犬を殺されると分かっている保健所に引き渡す、学校のウサギを簡単に死なせてしまう、痩せた野良猫をシッシッと追い払う。
それがオトナの正しい対処だと子どもたちは学ぶ、その結果が今の行政であり市民。
競馬場でさんざん働き続け、引退して神社の祭り用に買い取られたサラブレッドの馬が、大人たちに集団で脅かされ虐められてきました。やっと今年は改善されます。
農村社会では村の決まり事に個人が疑問を投げかけることはタブーとされます。
動物虐待の儀式や風習を変えて行くには、国際法に照らした外部からの目線や、若者や、バカモノの存在が必要でしたね。
命の尊厳とは何なのか、学校で習うその言葉が実社会には存在しにくい絵空事であるという事実を、子どもたちはよく見ています。
動物虐待はやってもいい、となれば、
そこから真似して同級生をいじめ、弱い仲間をいじめます。
一緒に生きてこう、という姿勢がない。
弱肉強食、今だけ金だけ自分だけ。
少しでも得をしたい、楽をして金を儲けたい、勝ち組になりたい、どうしたら◯◯のように稼げるのか、と。そればかりとなります。
失敗したら追い詰められて、広い視野でものを見る余裕を持たず。
若年層の死因トップが自殺。
希望のなさ、生きにくさ。
タブーがあり過ぎる日本。
女は家庭にいて子育て介護し義父につかえろ、
同業でも男性より賃金低くて当たり前、
同じように敷かれたレールを行くのが当たり前、
違う生き方したら、家の恥、
離婚、浪人、障がい者は恥ずかしいもの、
隠す、閉じ込める、
子ども巻き込み無理心中。
本当に息の詰まる社会だ。日本は。
野良猫に餌やるな、はその一つ。
世界で広まる動物愛護には耳も貸さず。
動物虐待が当たり前の国では人も生きづらい。
たとえば、能登の復興は驚くほど遅れているのに、大阪万博に向けて金が投じられるという不可思議。
今は石川県被災地支援と全国の災害対策強化と食糧自給率を上げること、他国の言いなりにはならない、自分の頭で考える市民をつくる教育が大事。
強い人、弱い人、みんなで生きて行く、共生、という感覚が日本に薄いのは、さらに弱い動物たち、野良猫への冷酷さと重なっていきます。
一緒にやるから大丈夫だよ
ありがとう
生きていていいよ、居場所があるよ、なければ作ろうよ。
工夫して助け合っていこう
何とかなるさ
の精神がすべてを変えます。
弱いものは蹴散らして進んでいっても良いわけなく
助け合い生きていくしかない。
みんなの工夫と折り合いと協力で、
一緒に生きていく。
一緒に生きていくというのは、
人も動物も野山も海も空もひっくるめて。
そんなことを考えるようになるシェルターワークです。
だから、必死に餌を探し、人に隠れながら、気高く自由に生きる、野良猫たちに優しい社会を。
by鶴田真子美(おかめ)