『大江戸隠密恋暦シリーズ』
歌舞伎の「棒しばり」という演目はご存じですか?
まだニタニタしないでー。
おおまかな粗筋をば。
大名屋敷に勤める酒好きな二人組は盗み飲みの常習犯。
主人は自分の留守中に酒蔵を荒らされぬよう、一人を後ろ手に縛り、もう一人には長い棒を背負わせ両腕をくくりつけて出掛けます。
それでも二人はどうにかして酒を飲もうと四苦八苦する様子が笑える喜劇です。
***
「と、いうわけで今年の演目は棒しばり。配役を発表する。太郎冠者、湯野。次郎冠者、在中」
湯「ちょっと待て金の字(←お奉行様に何という言い草)!」
「何ぞ不服か」
在「仮にも俺たちの仕事は隠密。何で昼ひなかの人がひしめく花見で茶番をやらなきゃいけないんですか!?」
「なんと。夜の部がいいのか。じゃ夜桜お七、配役は在中!─濡れ場あり」
湯「だから待たんか金公!」
「お前、度重なる上司への暴言。査定-1」
あーだこーだ言うておりますが、奉行所あげての花見の出し物競いに駆り出されましたる湯在コンビでございます。
「で、では在中殿、縛りますぞ。い、痛くござったら左手を上げて候…」
「どうやって上げるのさ」
早速演目の練習に入るべく二人を部下が縄で縛りにかかり、在中は長い物干し竿に両腕をくくられ未だご立腹です。
「い!痛っ!そんなに強く縛るもの!?」
「は、申し訳ござりませぬ、これくらいしないと棒がたわみますゆえ」
「じゃ袖の上から縛ってよ、生の手首だと痛いだろよ」
「は、はいはい、では」
しかし、袖の上から縛ると、動くたびに両方向に袂が引きつられ、在中の生白い胸元がゆるゆると開いてゆきます。
「うーーーん////やむなし」←スタッフの決断。
一応、湯野殿に許可を取ろう。
「すみません湯野殿、次郎冠者はこんなふうで大丈夫っすかね」
「ふ!? ───////─── 」
後ろ手に縛られた太郎冠者、次郎冠者の胸元をチラリと見るとむこう向いちゃいました。
「太郎さんおっけーでーす」
「ご両人準備テッソでーす」
じゃ、テイク1行きまーーす。
二人はあっという間に振りを覚え、棒演技も見事に息の合ったところを見せつけました。
「さすがです!完璧です!今日はこれくらいにしましょう、お疲れ様でした!」
とはいえ縄を解かれた武芸場の床でクタクタに疲れた二人はぐったりとへたり込みました。
「まったく、何だってこんな余興やらなきゃならないんだ」
北町と南町で張り合ってるので勝者に小銭が出ます。
例の「おいてけ掘り」任務の時に見せた二人の迷演技(←ほぼ本気の人がいます)により隠れ湯在ファンが増幅したのでこの機に乗じたいお奉行様です。
おいてけ掘りと言えば在中は湯野に唇を奪われましたが、その後は大いに距離を取りました。
あの時に一瞬だけ感じた身も心も浮遊するような感覚を得て以来、次があったら自分でも制御できるかどうか分からないという恐れになりました。
湯野は湯野で、それ以後に在中から距離を置かれたことから、不躾なことをしてしまった後悔から精神を律することを誓いました。
つまり二人は湯在ペンやギャラリーの希みの、反対方向を歩いている状態ですね。
「…にしても在中、袖を縛ったら胸元がはだけすぎじゃないか?当日は女こどもも大勢見るぞ?」
目のやり場に困った顔を気取られまいとそっぽを向きながら言う湯野に、在中は忌々しそうに手首をさすりながら見せました。
「胸元なんてどうでもいいよ。ほれ見ろ、袖の上から縛ってるのにこんなに痕がついてる。生身に縛ったら怪我するよ」
「わ、ほんとうだ。こんなに赤く。お前、色が白いから…」
手を握られた在中は思わずパッと湯野の力から手を引き抜きました。
「・・・・・」
「・・・・・」
「婆ちゃんに手首の当て布こさえて貰おうかな」
「あぁ、そうして貰え」
「うん」
***
さぁ、もうお花見当日です。所は向島。
江戸桜の三大名所、上野は歌舞なま物禁止だし、飛鳥山(王子)は遠いしで、ここ隅田堤が一番人気がありまして今日はとりわけ物凄い人出です。
更に
「なにこれ、暑っつ~!!!」
暦で言ったら真夏のような、異例な暑さとなりました。
各出し物でコスプレをしている演者はたまりません。
在中も準備の段階から暑い暑いと不機嫌マックスです。
「えい、もう駄目だ暑すぎる!これじゃあ霍乱(熱中症)起こしちゃうじゃん!
俺は脱ぐ!ええい、脱ぐと言ったら脱ぐ!」
「そしたら手首に傷が付きませぬか」
「婆ちゃんにリストバンドこさえて貰ったから大丈夫だ!」
「うわ~~」
スタッフが止めるのも聞かず在中は裃の肩衣かなぐり脱ぎ上半身裸になりました。
「きゃぁぁぁぁ」←ギャラリー
これに湯野は「いかん!」
視線を裸の在中だけに集める訳には、の「いかん!」です。
「在中が脱ぐなら俺も脱ぐ」
バサーーーー!
「きゃぁぁぁ」大喜び。
その後、見目麗しい若者二人が汗のしたたる半裸で披露した組んずほぐれつの名演技は七十五日以上の語り草となったそうな。もちろん余興の勝敗は北町奉行所の圧勝でした。
おしまい