おいてけ堀り・二
あぁ、甘じょっぱい思い出。
ちゅう。
…はしましたが、そのあと、いつものように仲間に囲まれ、いつものように普通を装った二人です。
「やっぱりお前らが一番だったかぁ!」
「おっ、花火始まるぞ、湯野行こうぜ!」
「おう」
「俺たちも行こう、在中」
「うん」
湯野と在中はそれぞれ人気者でしたから、常に周りを大勢に囲まれている青春時代でした。
さて、思い出のまにまに到着しました、このあたりが噂のおいてけ堀りです。
「ここが?」
「みた感じふつうの池だけどね」
「茂みに誰かが隠れてるとか?」
「蛙やカワウソの声とか?」
「魚はうようよいそうだな」
「今度釣り竿持ってこようかしらん」
◇
「あんたらの頭はちょんまげを乗せるだけの台ですか」
最強屋です。
また年下の弟に頼って叱られています。
「昼のさなかに手ぶらの二本差しが(侍の格好してということ)ウロついて?いったい何が釣れるっていうんです」
というわけなので今度は町人、着流しの遊び人風の格好をして夜中に行ってみることにしました。
手ぶらでは何も釣れないからと茶助が料亭の折り詰めを持たせてくれました。
「うわぉ。夜だとじぇんじぇん趣が違う。ほとんど真っ暗で何も見えない」
「在中、怖いんじゃないか?手をつないでやろうか」
「大丈夫です。あ、ほら向こうに赤ちょうちんが見えてきた。蕎麦屋だ。一杯食べて行こうかな」
どんどん近づいて見ると屋台の中は無人でした。
「あれ。誰もいないや。おーい、おやじー、」
「小便にでも行ってんだろ。帰りに食おうぜ」
カチカチ、火の用心~
「うわっ!?」
ふいに後ろで聞こえた拍子木の音に在中は湯野の背中に飛びつきました。
「えっ?えっ?誰かいる?」
振り向いても誰もいません。
湯野は背中の在中の手を引いて前に抱きかかえました。
「こっちへ来い」
カチカチ、火の用心~
「ひぃっ、何だ何だ?」
音だけ近づいてきます。
カチカチ、火の用心~
「………」
「………」
二人がじっとしていると、声は遠のいていきました。
「……、」
「……、」
はっ、と気づく二人。抱き合っていましたね。
そろり、と体を離しました。
「ごほ。お前、手が冷てえぞ。このクソ暑いのに」
「お構いなく」
「構うよ」
湯野はグイと在中の手を引きました。
「さ、行くぞ」
「お、おい」
在中は手を放そうとしましたが湯野はギュっとつかんだままでした。
「……ち//」
暗闇だから、まぁ…いいや、と在中は諦めました。
「……」
「……」
手をつないで歩くなんて少年時代以来です。
♪な~~つが過~ぎ~風あざみ~
風あざみって何ですか。
「…在中」
「なに」
「俺たち、男女ならとっくにうまく行ってるよな」
暗闇になるとロマンチックなことを言いたくなるのが男です。
「…………。行ってないよ」
敢えてツンな態度もまたゆかし。
「なんでだよ」
「男女なら……縁談は親が決めるだろ」
「…………」
あれ?
何気に……意味深なこと返してません?在中くん。
「…………」
考えてる考えてる湯野くん。
「在中、じゃぁ俺たちは男同士でよかったのか」
こっちに聞くなし。
「知らん」
「おい、…いつもお前の言うことは回りくどくてよく分から…」
「しっ──、」
お、そうこうしている間に着いていました、おいてけ堀り──。
蛙や虫の声がひっきりなしに響いていますが、在中は微かに人の声が聞こえたような気がしました。
在中は別名─地獄耳の在中というくらい耳が良いです。耳年増です。それは意味が違います。
「湯野、ちょっと酔っ払いのフリでもしてみよう」
「ん?」
ここは大量に釣れた釣り人や、土産を持った町人や、酔っぱらった商人、が魔物に出会いやすいと言われています。
「あ~飲みすぎちまったなぁ~」
「…湯野あいかわらず演技下手」
「よ~~、もっとこっちに来いよ~」
「なにドサクサ…」
ヒソ……
『※夜鷹と客が来た…』
『なんか手に持ってるぞ』
※夜鷹=街娼女のこと。
やはり川辺の葦の間に身を隠している者がいるようです。
「ム。俺が夜鷹に見えるってか?」在中地獄耳発揮です。
「夜鷹?じゃぁ在中、ちょっとこれをかぶれ」
湯野は手ぬぐいを出して在中の頭に覆い掛けると、在中の体を正面から抱き寄せました。
「お、おい何す──!」
「しっ、黙って」
「ゆ、湯野──!」
「お前も俺の背に手をまわせ」
「ええ?」
「早く。演技だ、演技」
「───」
熱烈なカップルに見えます。
「………」
「………」
抱き合うと、互いの体が少年期よりも逞しくなったのがわかりました。
また、二人の脳裏にあの夏祭りの夜がフラッシュバックしました。
『秘密だよ』
『あぁ、誰にも言わない』
…………
…………
「…在中、…俺、俺さ…」
「………」
すると聞こえてきました。
おいてけえ~~~
………!
絶妙のタイミングじゃああ~りませんか。
「うるせえ!」
湯野は鬼の形相で水面に振り返って叫びました。
「えっ!何いってんの湯野」
し~~~~~~~~~ん
魔物、黙りました。
「………」
「………」
「在中………、」
湯野は手ぬぐいをかぶった在中の襟足を引き寄せて唇を重ねました。
「んん………!」
お、おいてけぇ~~
遠慮がちです。
「今だ、」
在中は湯野から唇を外し、「わぁ~助けてくれぇ~」と言いながら料亭の折り詰めを岸辺へポーンと投げました。
「ほれ、湯野、行くよ」
「あ?あぁ」
二人は走って逃げるふりをして近くの茂みに隠れました。
すると折り詰めの落ちた所におもむろに現れた百姓姿の男二人組。しめしめ、と折り詰めを拾って中を広げます。さらに在中は懐から捕物笛を出して大きく吹きました。
ピィーーー!!
「さぁ町方の皆さん出番ですよ!あれがおいてけ堀りの魔物の正体です!」
御用だ
御用だ
一斉に御用行灯で埋め尽くされる掘割り。男二人は瞬時にお縄になりました。
(町方を配備しておくのも茶助の案でした)
「いやぁ、隠密のお二人、さすがの名演技でした。うちの若い衆は〇〇〇が半立ちしてましたよ」
ブアッハッハ。と盗賊改めの頭。なるほど、御用提灯片手の若者はどこか前かがみです。
「ハハ、ハハハ、じゃぁ、俺たちはこれで」
そういう湯野も前を手で押さえておりました。
おいてけ堀り 終
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夏の怪談話、江戸・本所七不思議は人によってもっとたくさんの話があったようです。ここでは一番有名な置いてけ堀り、消えずの行灯(蕎麦屋の提灯が灯っているのにいつまで経っても誰もいない)、送り拍子木(音だけが聞こえる)を出してみました。どれも他愛のないいたずらかもしれません(^-^)