洞窟のおうちで、眠りに落ちる前に読むのが宮沢賢治です。
昨日読んだのは未完の「学者アラムハラドの見た着物」。
その中で、学者の口からこんな言葉が出てきました。


「人の正義を愛することは丁度
 鳥のうたわないでいられないと同じだ」



それに呼応して、生徒の子どもがいいます。


「人はほんとうのいいことが何だかを考えないで
 いられないと思います」




正義。いいこと。
それをそのまま純粋に、まっすぐ信じられたら、どれだけいいだろう?




一方で、世界のあちこちで誰かの暮らしの豊かさや文化、
命そのものを奪う「信念」がはびこっていて、
これをまた、一部の人が「正義」という旗を振りかざして行っていることに
私は脱力するのです。

ことに、ここエルサレムではそれが顕在化しています。
毎日、毎週どこかで目にする、何らかの暴力の形。
それが正しいことだと、信じて疑いもしない人々。
これをどう消化したらいいものか、まだ私の言葉にはなりません。



はぁ。
オチ、なしです。すみません。
旧市街をあてもなくぶらぶら歩いていたら、
ジュエリー職人のお兄ちゃんと知り合いました。

「パレスチナのものを集めてるんだ!」という彼・ラーミーの骨董屋は
まさに宝箱をひっくり返したようで、
イギリス占領時代のコインや、その頃にヨーロッパから届いた手紙、
むか~しの「神殿の丘」入域チケット、古い新聞記事、切手、紙幣等々、
探したってなかなか手に入らないようなグッズが
あっちこっちに散らばっています。

「そのへんのお店は、同じものばっかり売ってるだろ?
 俺は違うぞ。一品ものしか作らないんだ。
 おんなじデザインは二度と作らない。」

真剣な顔でそう言う彼は、お店の奥で銀を溶かして、アクセサリーを作っています。
学校は中学2年で中退。20年間、イスラエル側のアクセサリー工房で働き、
旧市街ガイドの資格も取り、工房を辞めてオープンしたお店です。


でも彼、売る気がないのです。(笑)
「これ、150シェケルなら買うよ」と言う近所のおっちゃんには
「お前には売らない! 帰れ!」とまくしたてるし、
オスマントルコ時代のタバコを「これは絶対売らないんだ~♪」と
ショーウィンドウに大事に飾ったりしています。


刺繍入りの私のブラウスを見て、「おんなじような刺繍、持ってるよ!」と言い、
店の箱の中から素朴な手刺繍のテーブルクロスを出してきた彼。


「これはね、ある貧しい女性が、一ヶ月かけて大切に縫ったんだ。
 あるときトルコの観光客が『150シェケルなら買う』って言ったんだけど、
 僕は売らなかった。

 150シェケルなんて、50ドルくらいだろ?
 自分でも縫い物をするっていう彼女に向かって、言ってやったよ。
 『あなたが1ヶ月かけてこれを縫ったとしたら、いくらで売りますか?』
 って。

 だって、そうだろ? 彼女は結局、買わなかったよ。」



…うん。そうだよね。
ここは観光地で、毎日たくさんの地元っ子が一生懸命なにかを売って、
掘り出し物を探す目つきの観光客が、毎日ぽんぽんと価格交渉をしてる。
でも、買い物で大事なことって、そういうことだ。
お部屋で二匹目のサルスールを見てしまったなみきです、こんにちは。
もう、道は共存しか残されていないようです。←仕留め損ねた

さて、月曜の仕事を終えた後は、遠い友人Aのお家を弾丸で訪ねました。
行き先は、エルサレムからバスで1時間ちょっと、100km超のところにある、
イスラエル国内にあるパレスチナ人の街です。(緯度はジェニンと同じくらい)




どうやって行くかというと、
エルサレムの中でも西、イスラエル側にある
どでかいセントラル・バス・ステーションから長距離バスに乗るのです。
そして、こちらの公用語はヘブライ語です。


(写真を撮り忘れたため、Wikimapiaから拝借)


「XXX番のバスに乗って、どこそこのバス停で降りてね」
と友人にいわれていたので、
ステーションのチケット売り場で聞きました。

並木:「XXX番のバスに乗りたいんですけど」←英語
おじちゃん:「XXX番? 終わったよ! 今日はもうないよ」←どシンプルな英語

えぇっ。まだ18時半なんですけど!
終バス早すぎませんか!

他に行く方法は無いのか聞きたいけれど、英語を分かってくれないおじちゃん。
そしておじちゃんのヘブライ語がほんとに分からない私。
しょうがないので、ヘブライ語・アラビア語通訳でもある友人に電話。
おじちゃんに携帯を渡し、ひとしきり喋ってもらってから
友人にアラビア語へ訳してもらったところ、やっぱり他のバスがありました。ほっ。

バスは一時間に一本。
しょうがないので水とパンを買って、書き物をしながらのんびり待ちました。
するとさっきのおじちゃんが、どすどすやってきて
私の前でなにか大声で言うのです。


おじちゃん:「§‰∃∞∵∬⊿!!!!」←ヘブライ語
並木:「??????」←ちょっとビビっている


見渡すと、離れたところで手を上げる若いねえちゃん。
それを見て手を振ったおじちゃん、ニヤッと笑って私に言うのでした。


おじちゃん:「あの子が同じ街に行くから、一緒に乗りなさい。
       これで大丈夫だろ? じゃ、さよなら。」←アラビア語



アラビア語喋るやないけ!!!
最初からいってよ、おじちゃん……。笑


人が列も作らず群がるチケット売り場で忙しいはずの彼、
行き方が分からず心細そうにウロウロしていた異邦人に気を配ってくれたうえ、
英語とアラビア語しか喋らない私に合わせてくれたのでした。

あーぁ。これだから、憎めないんだよなぁ。
バスから夜景を眺めつつ、耳に残っていた、
おじちゃんのこれまたシンプルなアラビア語を反芻する私でした。


ヘブライ語、もうちょっと勉強しよう。


突然ですが、引っ越しました。
場所は世界遺産、エルサレム旧市街の某所です。



(夜の旧市街。大好きな風景です。)

3階建ての石造りのおうちの半地下に、新居を構えました。
2階と3階に、大家さん一家が住んでいます。
皆さん、とってもいいひとたちです。


(まるで洞窟。)

外はとっても暑いのですが、部屋の中は涼しく、空気がしっとりしてます。
石造りの家は、昔のひとの知恵なんだなぁ。

このゴツゴツした石たちは、一体いつからここにいるんだろう。
この部屋では、一体どんな人たちが暮らしを送ってきたんだろう。
想像するのも楽しいお部屋です。
シャワーも熱いお湯が出るし。(←今まで10日間、水シャワーだった)

ですが、夜の買い物から戻ってきたら、同居人がいました。

サルスール。
(アラビア語で「ゴ◯ブリ」のこと)

しかもパンの袋の上に。かなり立派な大きさの茶羽系サルスール。
おぉ…きみもいたのか…。家賃は払っているのかい…?

共存するか、強者として君臨するか。
彼(?)の長い立派な触覚を眺めながら1分ほど悩みましたが、
結果として、古典的ですが、ビーチサンダルで一撃を入れさせていただきました。
日本のよりのんびりしたサルスールでした。きみもアラブなんだな。

さて、更なる問題は、部屋にほぼ日光が入らず真っ暗なことです。
「あとでちっちゃい電気を買ってきてあげるから!」と言う大家のおじちゃん。
シャワーから戻ってきたら、早速テーブルの上に置いてありました。
皆さんお仕事はやい!


(写真)

ん? もしやこれは、そのままコンセントに差すんですかね?

差してみました。


(写真)

赤い。一気にアダルトな雰囲気になりました。

試しにメインの電気を消したら、稲川淳二が出てきそうなお部屋になったので、
当面のところはだんなくんがくれたライトでしのごうと思います。

そういうわけで、私は元気です。
初日から楽しいエルサレム旧市街からお送りしました。
日本からエルサレムに移ったことで、時間をたっぷり貰っています。
朝は早起きした分だけ、そっくりそのまま自分の時間ができて、
通勤電車でもまれることもなく、広告やネットに目を奪われすぎることもなく、
ゆっくり座って本を読めて、人と話して、日記もたくさん書けます。

あぁ、そういえばそうだったなぁ。
ここでの暮らしは、こうだった。
懐かしい、贅沢な感覚です。
日本に少し、持って帰れたらいいな。

* * *

到着して一週間が過ぎる中、色々なことを感じ、考えました。
その一つは、月並みですが、
「まだまだ、まなべることは多かったんだ」ということです。

とくに好きなのは、ひとからまなぶことです。
子どもからおじいちゃん・おばあちゃんまでが「活きた言語」の先生になり、
私は日々たくさんの「知らなかった言葉」に晒されています。
それを、ノートに書き留め、まねて、返す……それだけで、私が一歩前進します。

地元のひとだけでなく、所属や年齢に関わらず、
日本のひとからまなぶことも多くあります。年下の後輩からも。

立ち振る舞い、纏う雰囲気、声の掛け方、情勢への知見、
地元のひとたちとの向き合い方、仕事への姿勢……。
彼らが時間をかけて養い育ててきた果実から
私自身の可能性を開く材料をつまみ食いさせてもらえることが、
ほんとうに幸せだと思いました。

ホントは多分、日本でだって、できることなのです。
それなのに出来なかったのは、心の余裕の問題でもあるんでしょうね。



(考えごとコーナー。)
ラマダーンど真ん中の6月19日午後7時、エルサレムの旧市街を歩く。
8時前には断食が明けるから、人々がソワソワしているのが分かる。

お菓子の包みを大切そうに持って、大股で歩いていく少年。
新しい服でめかしこんではしゃいでいる、小さな可愛い女の子たち。
パンや総菜の袋を沢山下げて、楽しそうに歩く家族連れ。
お店のシャッターが次々と閉まった道は、空気が途端に澄んだように感じられて、
ラジオでクルアーンを読む声が、何だかいつもより神聖に聞こえる気がする。

キラキラした電飾のついたダマスカス門。
その下で、手持ち無沙汰に駄弁っている11人のイスラエル兵士たち。
彼らの姿を除けば、あたたかいラマダーンなのになぁ。

7:50を過ぎた頃、頭の上で花火が鳴ったような音が響く。どぉん。
気がつくと、通りから人の姿が消えている。
歩いているのは私とネコだけ。



今頃みんな、家でごちそうを囲んでいるんだろうなぁ。
親戚同士で招き合い、友人同士で振る舞って、
年に一度の辛くて楽しい時間を、共有しているんだろうな。

私もその中に、入っていくのだろうか。
まだここに住んでいる自分が信じられない、到着3日目の夜です。
ラマダーン・カリーム。
空港からエルサレムまでの乗合タクシーで、さっそく訊かれる。
「フィリピン人?」
日本から来たと答え、少し考えてから付け加える。
「それで、何か違いがあるの?」

物珍しげに私を見ていたユダヤ人のおじいちゃんが、
「いいや、知り合いにフィリピン人がいてね、それで訊いたんだ」と答える。
別にそれ以上のやり取りも何もないけれど、
思うままにずけずけと何でも訊いてくるこのシンプルなやり取りが
「懐かしいなぁ」と私に思わせる。


ただいま、イスラエル。ただいま、パレスチナ。
9年ぶりに住むエルサレムに、無事到着しました。季節は初夏です。


成田からイスタンブールへ向かう9時間のフライトで、映画を2本観ました。
あと2時間で着くぞ!という時に観始めた「母と暮せば」が、大変良かったです。
(ちなみに一本目はスターウォーズの最新作だった。これも面白かった◎)

戦時下でも流れていく日常。
登場人物の言葉によって描かれていく、戦争にいのちを奪われた人たちの姿は、
映像よりもむしろリアルです。

長崎の高台から見える長閑な風景、ポンポンと飛び出すあたたかな方言が、
戦争に埋もれた無数の人々の顔、体温や生活を、垣間見せてくれるようでした。
最初から最後まで私はボロ泣きしていましたが、この作品をもって、

二宮くん、いいなぁ。

と初めて思いました。彼はアイドルにしておくのは勿体ないですな。笑
黒木さんも倍賞さんもさすがでした。
6/16から、パレスチナへ単身赴任します。
で、長くても半年くらいで帰ってくると思います。

「子どもはどうするの?!」とよく訊かれますが、
その件はまた改めて、追々綴っていきたいと思います。

大変ありがたいことに、「出国前に会おうよ!」と言ってくださる方が多くいらっしゃり、
あぁ私幸せ者だなぁ、と思っています。ありがとうございます(>_<)
先日はあこがれの先生が5時間も日本酒を片手に話してくださいましたし、
神戸のにいちゃんがきて神戸プリンいただいちゃったり。
ありがとう…! 私の好物は確かにプリンです。

でも私、赴任いうても
半年で帰ってきますからね!
あんまり盛大に送り出していただくと
「あれ、もう帰ってきたの?」って言われちゃうと思うので笑、
ひっそり旅立ちます。あっという間ですー。

なお、「それでも並木になんかしてやりたい!」という
奇特で優しすぎる足長お兄さんお姉さんが、
もし万が一!!!仮にいらっしゃったならば、以下をご検討いただけたら嬉しいです。
ランチやお茶のお誘いも嬉しいのですが、ちょっと時間がなくて…。すみません!!!!

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1)Kindleで読めるオススメ本リストと、その額のアマゾンギフトカード。
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本なら比較的、何でも読んでおります。偶然の出会いもオススメされるのも大好きです。
頑張って読み込んで、自分の血肉にしたいと思います。ぜひオススメリストをください!

良い本が必ずしもKindle化されているわけではないのは十分知っているのですが、
文献は重くて持っていけないのです…。なお、漫画も読みます!
アラビア語と英語漬けになる並木に日本語の供給をお願いします。笑


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2)月500円からの支援で、私の活動に加わっていただけませんか。
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私の仕事は、パレスチナで人間らしく生きるために努力を重ねる人々の、隣に立つことです。
東エルサレムでは、若者たちが様々な制約の中でも、自分たちでプロジェクトを作り、
自らの手で人々の健康や学校環境、コミュニティの公衆衛生を守るために頑張っています。
ガザでは、子どもの栄養失調を防ぐために知識をつけてスキルを磨き、
地元で親子を訪ねて回って、貧血や栄養失調・くる病の子どもの未来を変える…
そんな女性たちと、一緒に活動しています。
「すごい」「えらい」のは私ではありません。現地で生きる人たちです。

いつも資金繰りには苦労していますが、一番安心する瞬間は、
沢山の人に支えられているんだ、という実感が得られるときです。ほんとに安心します。
ぜひ、月500円からのマンスリー募金にご登録いただくことで活動に関わり、
私と同じものを見たり知ったり、悩みに共感していただけたら大変嬉しいです。
クリスマスには現地からカードをお送りします。
お手紙書きます。

申込はJVCマンスリー募金ページから。クレジットカードで登録できます。
※「パレスチナでの活動」にチェックを入れてくださいませ!
※JVCへの寄付は税金控除の対象になります。確定申告に使ってください!


というわけで、渡航のお知らせでした。
繰り返しますが、
半年で帰ってきますから。
戻ってきたら、のんびり茶でもしばいていただけたら嬉しいです~。報告会もしますー。

あっ、現地にいらっしゃる方は是非ご一報ください!
パレスチナをご案内します~。




日本酒や上品な味のケーキとはしばらくお別れだな…。笑
最近は、1歳10ヶ月となった幼児の「ママ、ママ!」っぷりが激化しております。
私の姿が見えないときは、5秒~30秒に一回は「ママ」とつぶやいてアピール。
風呂や寝かしつけ担当がママじゃないことを知った時には
「いややーーー!!!」となぜか関西弁で抗議・号泣(きみはハマっ子じゃないのか)。
全身の力をもって抵抗。びちびち暴れる姿は釣りたてのカツオ顔負けです。

ママ(私)の方も、仕事の緊張と体調不良が続いていたこともあり少々ぐったり…。
子どもへの申し訳なさを通り越して、「もうやめて…」と辟易・怒り心頭気味で、
先日はついにだんなくんに八つ当たり。
話を聞けば、「いやや!」と拒絶されるパパも辛かったそうです。すまん。

でもこれが仕事だったら!と考えるとですね、
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■理不尽な要求を並べ立てる上にAさんをしつこく指名するクライアント
■クライアントの要求とプレッシャーに疲れ切っているAさん
■オロオロ見守る、AさんのチームメイトBさん
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となるわけじゃないですか。

並木:「フツーに考えてBさんどう対応するよ?」
旦那:「Aさんのサポートに徹し、クライアントから自分が取れる仕事がないか
    とにかく模索するよね」(キリッ)

というわけで、だんなくん頑張っております。ありがとう。



どうにかならないのかなー、と同僚の保育士さんに相談したところ、
「そういう時期だし、きっとお母さんの仕事の状況が何となく分かってて
 よけいに寂しいんだろうね~…」とのことでした。
そうです。まだ公にしていなかったのでこの際言いますと、
私、これから最長半年くらい、エルサレムに単身赴任するのです
(たぶん6月半ばくらいから)

…うん、できるだけ「ママ来て!」に応じてあげよう。
そのためにも、できるだけ心の余裕を持つべく、一人のフリーな時間を確保しよう。
少し一人時間を持つことで、子どもにも家族にも優しくできるなら、
それはまったく罪なことじゃないもの。


というわけで、たまに手を抜きながらママ頑張ろう…と再決意した火曜日でした。
まずはこの風邪と気管支炎を治します。←これも幼児からうつされた。


ブランコがこげるようになった幼児。