仕事がお休みだった金曜日、友人と一緒に「ヤド・ヴァシェム」に行きました。
いわゆる、イスラエルのホロコースト記念館です。
10年前も何度か足を運んでいましたが、
改めて足を運んで、感じたことを綴っておきたいと思います。
* * *
ヤド・ヴァシェムは、エルサレムにある無料の施設です。
横倒しにした三角柱のような建物の端から入場すると、
まず在りし日のヨーロッパの、ユダヤ人コミュニティの映像を目にします。
物悲しく響く子どもたちの歌「ハ・ティクバ」(the希望、の意味)は、
今ではイスラエルの国家になっています。
それからジグザグと進んで行くと、私たちはたくさんの展示を目にします。
ヒトラー、ナチスの台頭。国家ぐるみで深まった反セミティズムの流れ。
ユダヤ人たちに次々に課される制限。奪われていく財産。
ドイツでのクリスタル・ナハト(水晶の夜)に代表される、暴力の嵐。
ゲットーの暮らし。そして強制収容所への輸送。
各地で行われた虐殺。収容所のガス室、焼却炉。
そして、地下的な抵抗運動。終戦。生きのこった人々のその後。
一つひとつ丹念に見れば、4時間はかかるように思います。
テーマがテーマなので、簡単に行き過ぎることはできない重みが
施設中に詰まっているのでした。
そして、薄暗い展示を通り抜けた最後に、光が溢れるガラスの扉。
そこを開ければ平和な緑と街並みが広がっていて、
「ああ、ここが”the Solution”なんだ」と思わせる建築様式になっています。
訪ねるたびに、ここは見るためのリテラシーを要する施設だな…と思います。
* * *
10年前、大学生だった時の気持ちはこうです。
「どうしてこの施設は、この問題を
『人類全体への脅威』へと一般化しないのだろう?」
これは「○○人だから」という括りで終わらせるべきことではなくて、
世界のどこでだって、許されることではないのに。
その理由が分かるのは、
イスラエル政治について学ぶ授業をヘブライ大学で取ってからのことでした。
担当の先生がとてもリベラルだったことに、今でも感謝しています。
今回訪れてみて、数々の小さな展示から感じたことはこうです。
「展示が充実しているようでいても、実のところは
あんまり触れられていないことが、案外あちこちにあるんだなぁ。」
触れないということ自体に意図があるのかどうかは不明ですが、
細かなことが気になります。(多分、あるんだろうけど。意図が。)
例えば、ユダヤ人たちが亡命した行き先に関する展示。
受け入れ先が次々と拒否をはじめ、中国しか行き先がなかった…
という展示はシンプルに「China」と書かれていましたが、
展示は日本語の証明書でした。
占領地中国で、日本の当局が、ユダヤ人に許可を出していた訳です。
日本に触れない、というのは本当に小さなことではありますが、
これは…日本がのちにドイツと組んだ敵国であり、
「敵」はシンプルに多い方がいいからなのか…?と理由を邪推してしまうわけです。
(日本の真珠湾攻撃に触れる展示はありました。
ちなみに杉原千畝の展示は館内にはないです。外に木があります。)
次に、北アフリカのユダヤ人の迫害について。
フランス植民地であったモロッコ、チュニジア、アルジェリアにも
ナチスの魔の手が伸びて行くわけですが、
明らかにアシュケナジーム(ヨーロッパ系≒フランス系のユダヤ人)
である人々の被害には写真を交えて触れていても、
植民地化以前から住んでいたはずのミズラヒーム(中東・カフカス系のユダヤ人)
の人々が被った被害については、明確には触れていないのでした。
何故、触れないんだろう。
記録がなかった? それとも、被害に遭ったのはアシュケナジー系だけ?
ホロコーストはユダヤ人コミュニティ全体で記憶すべき悲劇であるはずです。
もとよりアシュケナジームとミズラヒームの間の微妙な緊張感もあるイスラエルで、
もし彼らが共通の被害に遭っていたならば、
それは積極的に展示すべきなのではと思います。
また、「何故ポーランド、ルーマニア、ハンガリーのユダヤ人が
犠牲者の多くを占めることになってしまったのか?」というのも分からない。
震源地だったドイツ出身の犠牲者が全体に占めるパーセンテージは、
案外高くなかったのでした。
この差は何故、生まれてしまったのだろう?
教育格差なのか、時流や政策だったのか。
展示では、ユダヤ人の中での「格差」には触れたくないのかもしれない。
そんなことを勘ぐったりもします。
そんな訳で、個人的に調べるべき宿題が増えました……。
そして、ナチス政権という極端な事例を扱うこの施設だけでは、
根強く残ると主張されている「反セミティズム」の存在を
確かめることはできないのでした。
(イスラエルで確かめるのはフェアじゃないのですが、
イスラエルがどう押し出しているのかは知りたいなと思っています。)
他にも色々な展示があるらしいんですよね。
あと2つ3つ、イスラエルの博物館を見てみるかぁ。テルアビブも行くかぁ。
余暇にやること、いろいろです。
いわゆる、イスラエルのホロコースト記念館です。
10年前も何度か足を運んでいましたが、
改めて足を運んで、感じたことを綴っておきたいと思います。
* * *
ヤド・ヴァシェムは、エルサレムにある無料の施設です。
横倒しにした三角柱のような建物の端から入場すると、
まず在りし日のヨーロッパの、ユダヤ人コミュニティの映像を目にします。
物悲しく響く子どもたちの歌「ハ・ティクバ」(the希望、の意味)は、
今ではイスラエルの国家になっています。
それからジグザグと進んで行くと、私たちはたくさんの展示を目にします。
ヒトラー、ナチスの台頭。国家ぐるみで深まった反セミティズムの流れ。
ユダヤ人たちに次々に課される制限。奪われていく財産。
ドイツでのクリスタル・ナハト(水晶の夜)に代表される、暴力の嵐。
ゲットーの暮らし。そして強制収容所への輸送。
各地で行われた虐殺。収容所のガス室、焼却炉。
そして、地下的な抵抗運動。終戦。生きのこった人々のその後。
一つひとつ丹念に見れば、4時間はかかるように思います。
テーマがテーマなので、簡単に行き過ぎることはできない重みが
施設中に詰まっているのでした。
そして、薄暗い展示を通り抜けた最後に、光が溢れるガラスの扉。
そこを開ければ平和な緑と街並みが広がっていて、
「ああ、ここが”the Solution”なんだ」と思わせる建築様式になっています。
訪ねるたびに、ここは見るためのリテラシーを要する施設だな…と思います。
* * *
10年前、大学生だった時の気持ちはこうです。
「どうしてこの施設は、この問題を
『人類全体への脅威』へと一般化しないのだろう?」
これは「○○人だから」という括りで終わらせるべきことではなくて、
世界のどこでだって、許されることではないのに。
その理由が分かるのは、
イスラエル政治について学ぶ授業をヘブライ大学で取ってからのことでした。
担当の先生がとてもリベラルだったことに、今でも感謝しています。
今回訪れてみて、数々の小さな展示から感じたことはこうです。
「展示が充実しているようでいても、実のところは
あんまり触れられていないことが、案外あちこちにあるんだなぁ。」
触れないということ自体に意図があるのかどうかは不明ですが、
細かなことが気になります。(多分、あるんだろうけど。意図が。)
例えば、ユダヤ人たちが亡命した行き先に関する展示。
受け入れ先が次々と拒否をはじめ、中国しか行き先がなかった…
という展示はシンプルに「China」と書かれていましたが、
展示は日本語の証明書でした。
占領地中国で、日本の当局が、ユダヤ人に許可を出していた訳です。
日本に触れない、というのは本当に小さなことではありますが、
これは…日本がのちにドイツと組んだ敵国であり、
「敵」はシンプルに多い方がいいからなのか…?と理由を邪推してしまうわけです。
(日本の真珠湾攻撃に触れる展示はありました。
ちなみに杉原千畝の展示は館内にはないです。外に木があります。)
次に、北アフリカのユダヤ人の迫害について。
フランス植民地であったモロッコ、チュニジア、アルジェリアにも
ナチスの魔の手が伸びて行くわけですが、
明らかにアシュケナジーム(ヨーロッパ系≒フランス系のユダヤ人)
である人々の被害には写真を交えて触れていても、
植民地化以前から住んでいたはずのミズラヒーム(中東・カフカス系のユダヤ人)
の人々が被った被害については、明確には触れていないのでした。
何故、触れないんだろう。
記録がなかった? それとも、被害に遭ったのはアシュケナジー系だけ?
ホロコーストはユダヤ人コミュニティ全体で記憶すべき悲劇であるはずです。
もとよりアシュケナジームとミズラヒームの間の微妙な緊張感もあるイスラエルで、
もし彼らが共通の被害に遭っていたならば、
それは積極的に展示すべきなのではと思います。
また、「何故ポーランド、ルーマニア、ハンガリーのユダヤ人が
犠牲者の多くを占めることになってしまったのか?」というのも分からない。
震源地だったドイツ出身の犠牲者が全体に占めるパーセンテージは、
案外高くなかったのでした。
この差は何故、生まれてしまったのだろう?
教育格差なのか、時流や政策だったのか。
展示では、ユダヤ人の中での「格差」には触れたくないのかもしれない。
そんなことを勘ぐったりもします。
そんな訳で、個人的に調べるべき宿題が増えました……。
そして、ナチス政権という極端な事例を扱うこの施設だけでは、
根強く残ると主張されている「反セミティズム」の存在を
確かめることはできないのでした。
(イスラエルで確かめるのはフェアじゃないのですが、
イスラエルがどう押し出しているのかは知りたいなと思っています。)
他にも色々な展示があるらしいんですよね。
あと2つ3つ、イスラエルの博物館を見てみるかぁ。テルアビブも行くかぁ。
余暇にやること、いろいろです。