心の風邪をひいてるひとの、すぐ隣にいるひとは、
きっとたまに思ってしまうに違いない。


「何か力になりたいんだけど、
 何をしたらいいのか分からない。」


で、隣で心のくしゃみをされると
やっぱり落ち着かなくて、
あれやこれやと、手を差し伸べたくなったりするに違いない。


そして、たまに色々な形で拒絶されて、
ちょっと落ち込んだりするに違いない。
「自分は、この人にとって邪魔なんじゃないだろうか?」
「自分は、要らないんじゃないだろうか?」



で、ちょびっと泣いて、目を腫らしたある朝、はた、と思う。



「あぁ、そういえば、
 自分は”この人が自分を必要としてくれる”から
 側にいるんじゃないんだった。

 この人がこの人だから、側にいるんだった。」



相手の言葉の表面が自分を必要としているかいないかなんて、関係がないのだ。
もうはっきりいって、どうでもよろしい。
自分がそうしたいから、少し離れた目で見ればその方が二人とも幸せだから、
そしてこんなひと、他所には見つからないから、そこにいるのだ。
鈍感ながらも相手の心に耳を澄ませながら、”程良く”見守っていればよいのだ、たぶん。




そんなことを反芻しながら、朝一番のカプチーノを飲む。
BGMはCharaの「ラブラドール」である。