最近いろんなお茶に豆乳を突っ込むのがマイブームのナミキです、こんにちは!
マテ茶もルイボスも、ミルクティーにすると美味しいですよ~。
シナモンをちょちょいと入れて、オリゴ糖で甘くするのが大好きです。
(風邪をひいたので、体をあっためる戦略に出ております汗)
さて、昨日はイベント2つで中東・パレスチナトークをさせていただきました~。
■下北沢世界ゼミ@下北沢オープンソースCafeで中東トーク
■アップリンクで「ぼくたちは見た」古居監督とトーク
アットホームで、じんわりする素敵な出会いがたくさんありました。
雨は降っていたけれど、とても幸せな一日。
いろいろ感じたので書き残したいことは沢山あるのですが、
今日は一つだけ、思い出したことを書きたいと思います。
ガザに何度も足を運び、現地に住み込んで人々とコミュニケーションを取り、
コミュニティに入り込んで取材をされている古居みずえ監督の作品。
観た時にどう感じたかな、と思い返し、
またご来場の皆さまとお話ししながら、自分のことを振り返っていました。
私、現地の言葉が分からないところに自分を投げ込むの、
すっごくすっごく苦手なんです。
例えばイラクにいくより、タイに行くほうが怖い!
なんでって、
言葉以外のコミュニケーションで、自分を伝え、相手を汲み、
現地のひとたちとの信頼を築かなきゃならないから。
自分の言いたいことを伝え、
相手の気持ちを引き出さなきゃいけないから。
(「世界共通語」の英語じゃできないことも、あるんです。
だって私、例えば英語じゃうまく弱音を吐けないもの。
そして通訳の存在は、万能ではないんです)
で、私が苦手なそれを、
古居さんはガチでやるわけです。
このひとたちの素直な気持ちを持ち帰って伝えたい、
このひとたちを世界から取り残すものか、
こんなこと許されちゃいけない、って沢山の想いを抱えて、走り続けている。
そして、作品を創って、カタチにしている。
成果を出している。もっと先を、上を目指し続けている。
すごいひとなんです。ほんとは、一言じゃまとめられないんですけど。
で、思いました。
自分は、何ができているんだろう?
向こうで私を「育てて」くれた皆に、何ができているだろう?
皆のことを、きちんと伝えられているだろうか?
忘れてないよ、ちゃんと精一杯やってる、って、胸を張れる?
って。
してない。
ぜんぜんしてない。
皆に顔向けできない。まだ帰れない。
でも、そうやって帰りの山手線で悶々としていたとき、
一つの何気ない言葉を思い出しました。
「私なら、太鼓をたたくわね」
私が留学中に付き合っていたパレスチナ人の男の子の、
お母さんが言った言葉でした。
当時付き合っていたラムズィくんは、マイペースな子。
もしゃもしゃの髪の毛が長く、ひょろひょろと長身で、ひげひげで、笑
言葉を弾丸にして、言いたいことを何でも言う人でした。
演劇の世界に浸かっていて、いつかイタリアで学ぶのが夢。
ただし、彼はパレスチナでは「正式に登録されていない」特殊な立場。
パスポートはおろか、身分証明書も持てない人でした。
お母さんは「あぁ、この子のお母さんなんだなぁ」といった感じの、
のんびりした、これまたマイペースなひと。
可愛い彼女が笑うのを見るのが、私はとても好きでした。
ある日、私がビルイーン(ビリン)村のデモで流れ催涙ガス弾に当たって、
腕を包帯ぐるぐる巻きにして帰ってきたときのこと。
(ビルイーンは毎週金曜日の入植・分離壁建設反対デモが有名で、
イスラエル軍と地元住民が毎週衝突する場所です)
左手の親指が膨れ上がり、薬も処方してもらえず、
痛みでうんうん唸っている私に、お母さんが言いました。
「あらまぁ……。大丈夫?
外国人なのに、どうしてそこまでするの?
それにしても、毎週よくやるわよねぇ。
毎週、誰かが怪我するんでしょ? 石を投げたりするし。
そんな危ないことするなら、他のことをしてもいいのに。
そうねぇ、私なら……
イスラエル軍の前で太鼓でもたたこうかしら。
兵士と一緒に踊ればいいわ 笑」
おかーさん!
わたし、それどころじゃなく痛いんですけど!!笑
……と思いながらも、「そうだなぁ」と思いました。
ほかのやり方でも、いいんだ。
ほかにもいっぱいやり方があったほうが、いいんだ。
ひとりひとりに、やり方があるんだ。
占領反対!をつたえたいとき、ぶつけたいとき、
旗を振り、声を上げ、さけぶのは、とてもわかりやすい「ひとつのカタチ」。
太鼓をたたき、歓声をあげ、一緒に踊るのも、
一見ふざけているようにも見えても、その当時私の近くにはなかったけれど、
それは大事な「ひとつのカタチ」。
お母さん以外の人たちも、そう。
ガチでデモに参加して、ガス弾やゴム弾、実弾を体に受けなくても、
太鼓をたたこうと提案しなくても、
例え見た目でパッと分からなかったとしても、
ひとにはひとの、闘い方がある。
映画を創らなくても、本を書かなくても、
私は私で、私のペースで、ひとつひとつ動いていけばいい。
闘っている他のひとたちを応援しながら、
少しずつ、少しずつ組み上げていけばいい。
私の「太鼓」をたたけばいい。
面白いこと、楽しいことを使って伝えたいなら、それもいい。
途上国の障がいの問題も。
パレスチナのことも。
イスラエルのことも。
子どもの権利も、なんだってそうだ。
だから、「何もしてない」なんて、自分を責めないの。
大切なのは、心のなかで温めること。
自分にしっくりくる「カタチ」を生み出すカギを、いつでも探すこと。
しゃべってみること。感じ続けること。色々な角度から視ること。
諦めないこと。
そうやって、心を整理して、
秋葉原駅で山手線を降りました。
ひとと自分を、むやみに比べない。
あなたはあなたで、いつか花が咲くんです。
花を咲かせて、がんばるひとを、心の底から応援しよう。
咲きたいと願うひとを、心の底から信じよう。
自分のことも、信じてあげよう。
---------------------
追伸:
古居さんご本人は
「広報資料も、何だか堅くなっちゃってねぇ…
もっと若い方々にも知ってもらいたいのだけれど」
とおっしゃってましたので、
ぜひ皆さまの近くでも映画や古居さんを紹介してくださいませ!!
映画の自主上映会もできます。
http://whatwesaw.jp/
マテ茶もルイボスも、ミルクティーにすると美味しいですよ~。
シナモンをちょちょいと入れて、オリゴ糖で甘くするのが大好きです。
(風邪をひいたので、体をあっためる戦略に出ております汗)
さて、昨日はイベント2つで中東・パレスチナトークをさせていただきました~。
■下北沢世界ゼミ@下北沢オープンソースCafeで中東トーク
■アップリンクで「ぼくたちは見た」古居監督とトーク
アットホームで、じんわりする素敵な出会いがたくさんありました。
雨は降っていたけれど、とても幸せな一日。
いろいろ感じたので書き残したいことは沢山あるのですが、
今日は一つだけ、思い出したことを書きたいと思います。
ガザに何度も足を運び、現地に住み込んで人々とコミュニケーションを取り、
コミュニティに入り込んで取材をされている古居みずえ監督の作品。
観た時にどう感じたかな、と思い返し、
またご来場の皆さまとお話ししながら、自分のことを振り返っていました。
私、現地の言葉が分からないところに自分を投げ込むの、
すっごくすっごく苦手なんです。
例えばイラクにいくより、タイに行くほうが怖い!
なんでって、
言葉以外のコミュニケーションで、自分を伝え、相手を汲み、
現地のひとたちとの信頼を築かなきゃならないから。
自分の言いたいことを伝え、
相手の気持ちを引き出さなきゃいけないから。
(「世界共通語」の英語じゃできないことも、あるんです。
だって私、例えば英語じゃうまく弱音を吐けないもの。
そして通訳の存在は、万能ではないんです)
で、私が苦手なそれを、
古居さんはガチでやるわけです。
このひとたちの素直な気持ちを持ち帰って伝えたい、
このひとたちを世界から取り残すものか、
こんなこと許されちゃいけない、って沢山の想いを抱えて、走り続けている。
そして、作品を創って、カタチにしている。
成果を出している。もっと先を、上を目指し続けている。
すごいひとなんです。ほんとは、一言じゃまとめられないんですけど。
で、思いました。
自分は、何ができているんだろう?
向こうで私を「育てて」くれた皆に、何ができているだろう?
皆のことを、きちんと伝えられているだろうか?
忘れてないよ、ちゃんと精一杯やってる、って、胸を張れる?
って。
してない。
ぜんぜんしてない。
皆に顔向けできない。まだ帰れない。
でも、そうやって帰りの山手線で悶々としていたとき、
一つの何気ない言葉を思い出しました。
「私なら、太鼓をたたくわね」
私が留学中に付き合っていたパレスチナ人の男の子の、
お母さんが言った言葉でした。
当時付き合っていたラムズィくんは、マイペースな子。
もしゃもしゃの髪の毛が長く、ひょろひょろと長身で、ひげひげで、笑
言葉を弾丸にして、言いたいことを何でも言う人でした。
演劇の世界に浸かっていて、いつかイタリアで学ぶのが夢。
ただし、彼はパレスチナでは「正式に登録されていない」特殊な立場。
パスポートはおろか、身分証明書も持てない人でした。
お母さんは「あぁ、この子のお母さんなんだなぁ」といった感じの、
のんびりした、これまたマイペースなひと。
可愛い彼女が笑うのを見るのが、私はとても好きでした。
ある日、私がビルイーン(ビリン)村のデモで流れ催涙ガス弾に当たって、
腕を包帯ぐるぐる巻きにして帰ってきたときのこと。
(ビルイーンは毎週金曜日の入植・分離壁建設反対デモが有名で、
イスラエル軍と地元住民が毎週衝突する場所です)
左手の親指が膨れ上がり、薬も処方してもらえず、
痛みでうんうん唸っている私に、お母さんが言いました。
「あらまぁ……。大丈夫?
外国人なのに、どうしてそこまでするの?
それにしても、毎週よくやるわよねぇ。
毎週、誰かが怪我するんでしょ? 石を投げたりするし。
そんな危ないことするなら、他のことをしてもいいのに。
そうねぇ、私なら……
イスラエル軍の前で太鼓でもたたこうかしら。
兵士と一緒に踊ればいいわ 笑」
おかーさん!
わたし、それどころじゃなく痛いんですけど!!笑
……と思いながらも、「そうだなぁ」と思いました。
ほかのやり方でも、いいんだ。
ほかにもいっぱいやり方があったほうが、いいんだ。
ひとりひとりに、やり方があるんだ。
占領反対!をつたえたいとき、ぶつけたいとき、
旗を振り、声を上げ、さけぶのは、とてもわかりやすい「ひとつのカタチ」。
太鼓をたたき、歓声をあげ、一緒に踊るのも、
一見ふざけているようにも見えても、その当時私の近くにはなかったけれど、
それは大事な「ひとつのカタチ」。
お母さん以外の人たちも、そう。
ガチでデモに参加して、ガス弾やゴム弾、実弾を体に受けなくても、
太鼓をたたこうと提案しなくても、
例え見た目でパッと分からなかったとしても、
ひとにはひとの、闘い方がある。
映画を創らなくても、本を書かなくても、
私は私で、私のペースで、ひとつひとつ動いていけばいい。
闘っている他のひとたちを応援しながら、
少しずつ、少しずつ組み上げていけばいい。
私の「太鼓」をたたけばいい。
面白いこと、楽しいことを使って伝えたいなら、それもいい。
途上国の障がいの問題も。
パレスチナのことも。
イスラエルのことも。
子どもの権利も、なんだってそうだ。
だから、「何もしてない」なんて、自分を責めないの。
大切なのは、心のなかで温めること。
自分にしっくりくる「カタチ」を生み出すカギを、いつでも探すこと。
しゃべってみること。感じ続けること。色々な角度から視ること。
諦めないこと。
そうやって、心を整理して、
秋葉原駅で山手線を降りました。
ひとと自分を、むやみに比べない。
あなたはあなたで、いつか花が咲くんです。
花を咲かせて、がんばるひとを、心の底から応援しよう。
咲きたいと願うひとを、心の底から信じよう。
自分のことも、信じてあげよう。
---------------------
追伸:
古居さんご本人は
「広報資料も、何だか堅くなっちゃってねぇ…
もっと若い方々にも知ってもらいたいのだけれど」
とおっしゃってましたので、
ぜひ皆さまの近くでも映画や古居さんを紹介してくださいませ!!
映画の自主上映会もできます。
http://whatwesaw.jp/