私は学生時代から英語が好きではなかった。
さすがに海外旅行に行ったときに必要性を感じたりはしたものの、
社会人になってからはそんな機会もなくなり、
英語なんて二度と使わん!もう勉強せん!と思った。
どちらかと言えば、韓国語とかスウェーデン語とか、
英語以外の言語に惹かれていた。
夫が今の会社に入社したのは結婚後。
それまでは英語に縁遠い職であったし、
確かに転職時に海外赴任あるかもと言われたけど、
夫の周りで赴任経験をしてる人がいなかったこともあり、
我が家には海外赴任なんて関係無いって思ってた。
そんな私がアメリカに。
アメリカ赴任がほぼ本決まりになって、
週1回英会話に通い始めた。
アメリカ人相手の、スピーキング中心。
カフェでお話するスタイル。
何を言っているのか分からないから、
常にノートとペンが手放せなかった。
半分、筆記でやりとりみたいな。
それから、NHKの英語講座を見たり、
最後の一ヶ月はNOVAに4回ほどお世話になった。
この頃になると、少しだけ英語を聞くのに慣れてきて、
英語に対する嫌悪感も和らいだ。
スピーキングは全然ダメだったけど、
リーディングとライティングならまだマシ。
学生時代の記憶も徐々に蘇ってきた。
スピーキングやリスニングは、
アメリカに住めば勝手に上達するだろうと思ってた。
頑張る気持ちも確かにあった。
そしてアメリカ到着。
見えるもの全てが英語。
どこに行けばよいのか、
何をすれば良いのか分からない。
誰かに聞く勇気もない。
空港では夫に電話して全て指示してもらった。
機内のドリンクサービスも、寝たふりでスルー。
外国人と話すのが怖かった。
でもその後、生活していくうちに、
私は1つの結論を見出す。
「英語が喋れなくても生活できる!」
特に、我が家には子供がいないので、
英語がどうしても必要な場面がほぼ無い。
スーパーはセルフレジを使用、
引きこもりで誰にも会わず、会っても日本人。
スーパー以外の買い物や外食も夫と一緒。
連絡が必要な案件は夫任せ。
英語、自分で頑張らんと上達せん!
自分も抱いていた「住んだだけでペラペラになれる!」
これはただの幻想だと知った。
2ヶ月経って、
そろそろ外に出ようかな、
少しくらい自分の世界を広げてみようかな、
という思いからESLを紹介してもらい、
自分に合う場所を見つけ、通い始めた。
最初は、聞き取れないことがストレス。
言いたいことが伝えられないのもストレス。
行きたくないと思う日もあって、
運転しながら吐き気と戦うときもあった。
それでも、行くとやっぱり楽しいこともあるから続けられた。
家では、アメリカのテレビを常に見てた。
『sex and the city』『the bachelor』『full house』とか。
HGTVやfood networkにもお世話になった。
もちろん字幕は必須で!
その他、高校の時の「基礎英文精講」を英作文の勉強に使ったりもしてた。
その後ESL繋がりでジムに誘ってもらって、
みんなと一緒に過ごす時間を増やすようにした。
ジムに通う目的は英語力の向上!
当時ジムでは周りに日本人いなかったし、
必然的に英語でコミュニケーション。
夏休みになると、知り合いの日本人は皆一時帰国しちゃったから、
人との交流には英語がますます必要になった。
夏は夫の出張も増えるし、
外に出たいという気持ちもあったから、
ジムに通って知り合いにあう機会を保ち続けた。
夫も仕事で英語が不可欠なので、
仕事から帰ってきても一生懸命勉強していた。
その存在も、とても大きかったと思う。
そんなやる気満々だったとき、
ジムで一人のアメリカ人女性を紹介された。
お母さんくらいの年の彼女。
「日本が大好き!」
そう言われて悪い気がするはずもない。
最初はめーちゃくちゃ警戒してたけど、
半分流されるままに交流スタート。
色んな場所に連れて行ってもらい、
色んな人を紹介してもらい、
一緒に過ごす時間が増えて、
徐々に会話も続くようになり、
最初はただ気まずかった空間も、
楽しいと思えるようになった。
出かけるばかりでは疲れるので、
一緒に聖書を読むことにした。
キリスト教とは何か興味があったので、
せっかくならクリスチャンに聞いたらいいかと思って。
日本語の聖書もちらっと読んだことあるけど、
聖書の日本語って私には難しい。
英語のほうがより物語感覚で読めて面白い。
ツッコミどころが満載。
そんなこんなで2年経った頃、
一定のレベルから進まなくなった。
特にジムが辛くなった。
インストラクターの指示は理解できても、
間に挟まれるちょっとした冗談とか、
ふいに隣の人に話しかけられたりとか、
何言ってるのか全く分からないときが多々ある。
話しかけられることも怖くなった。
できることも増えたはずなのに、
できないことばっかり気にしてしまう。
英語が世界共通言語であることを恨んだ。
全員が知らない言語だったらいいのにって。
最終的に、私の心は折れた。
徐々にしなってきてたのは感じてたけど、
いよいよポキっと折れた。
英語が全ての理由ではない。
例えば、私は元々人と話すのが得意ではなく、
スピーキング上達のために「とにかく話さなきゃ!」という、
英語以前のことでストレスを感じていた。
英語の習得にあたっても、
どこまでやれば自分が満足するのか分からない。
ゴールが見えない。
目標をもてない。
何に向かって頑張れば良いのか分からない。
何より楽しくない。
テレビの調子も悪くなって、
代わりに日本のYouTubeを見る頻度が増えた。
ESLも行きたくない、
ジムも行きたくない、
果てはもう誰にも会いたくない、
という状態になってしまった。
誰かと会うのは社会復帰のためのリハビリ、そんな感覚。
帰国まであと一年。
余生を過ごすつもりで、のんびりしよう。
よく考えたけど、英語はもういい。
英語で仕事をしようとか考えてもないし、望んでもない。
⇨じゃあ、何のために英語がいる?
⇨お友達と話すため。
⇨流暢に喋れなくても、なんだかんだ楽しい時間は過ごせている。
⇨頑張らんでもええやん!!!
やっとというか、ここに至った。
自分でも不思議に思うくらい、
肩の力が抜けていくのがわかった。
無理に好きになる必要もなかった。
こうして振り返ってみると、
自分なりに頑張ってたんだなって思った。
夫も「頑張ってたよ!」と言ってくれた。
なんだかんだ、英語圏で良かったわ。
基礎知識が全くない言語だと、
もっとストレス溜まりまくりだろうなと思う。
喋れなくても、読める、書けるってすごいこと。
学生時代の勉強も、全くの無駄ではない!
アメリカに来なかったら、
こんなに英語と向き合うこともなかった。
何より皆と出会うこともなかった。
素敵な人たちに出会えて良かった。
お疲れ様。