いつもありがとうございます![]()
今日19日は、オグリキャップしのぶお別れ会が、
出身の 岐阜・笠松競馬場でありますね。
翌年、中央競馬(JRA)に転籍。
G14勝を含む重賞12勝と活躍し、「芦毛(あしげ)の怪物」
と呼ばれました。
ちょうど活躍の時期が僕の高校時代とかぶり、名字同じで
高校時代、「オグリキャップ」「キャップ CAP」と呼ばれて
おりました![]()
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通学の電車の中で、おじさん達が中京スポーツを握り締め
「やっぱ、オグリやで」とか騒いでいたのも思い出します。
最期のレースの有馬記念は僕の最初で最期の競馬。
受験生の12月末に願掛けのように6番人気の単賞を買い、
伝説の優勝を見届けました。感動したなあ。
地方から出てきて、エリート馬を倒したということで人気が
出たけれど、個人的には名前が一緒ということ以上に、
魅力的だったのは、「どんな苦境にあってもあきらめ
なかった意志の強さ」![]()
マイルチャンピオンシップ(G1)では、最後の直線で
武豊騎乗のバンブーメモリーに豪快にかわされてしまう。
あっという間に差をつけられる。通常ならここで終わり。
誰もが諦めたとき、残り100メートルでオグリは恐るべき
闘志で序々に差を詰め、見事ゴール前で鼻差さし返した!
前代未聞の光景でした。
ユーチューブでも一杯見ることができます。
可能性が僅かにある限り絶対にあきらめない姿勢。
このマイルチャンピオンシップ(G1)は、競馬関係者を驚嘆させ、
オグリ騎乗の南井騎手が、このあとの勝利騎手インタビュー
で思い余って男泣きしていましたね。
さらに驚いたのは、続けてあったジャパンカップへの参戦
信じられないG1連闘の試練。
「まともに走れる訳ない」当然、そう判断された。
ところが・・・
1989年ジャパンカップ。
このレースは今でもJC史上BESTレースの一つに挙げられてる。
世界新記録のハイラップ。
追い込み馬も追いこむだけの気力が残っていない程でした。
そして、最後の直線、世界最高ペースのイブンベイのスタミナが切れ、
ホーリックスとベイザバトラー 2頭の一気打ちで決まった、と思った時。
後ろから一頭の白い馬が必死になって付いてきていたのが分かった。
オグリキャップだ!!
場内のボルテージは一気に最高潮になった。
「なぜだ、なぜお前がそこにいるんだ?
なぜそこまでして、がんばるんだ!」
いるはずのない馬がいる、見捨てた筈の馬の姿がそこにはあった。
15万人にも及ぶ怒涛の歓声と声援の中で、東京競馬場は揺れていた。
実況アナウンサーのオグリを呼ぶ声も枯れ果てていた。。
そして残り100メートル。
先頭と1馬身半差!
ついにベイザバトラーが下がっていく。
ホーリックスとオグリ、2頭だけの争いになった!
「ここまで来たなら勝ってくれ!オグリ!」
オサリバンと南井騎手の壮絶な叩き合い。
ホーリックスの脚色が鈍った!
残り50メートル!
1馬身差!
残り10メートル!
3/4馬身差!!
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:
負けた、同着2位。しかし、2分22秒2。
電光計時板はそう指していた。
芝2400mでの驚愕の世界レコードだった。
出走メンバー全てが、自ら持つ2400mの最高記録を更新。
この異常なハイペースを武豊、南井騎手も揃って
こう回顧してる。
「馬が壊れるようなペースだった。
今まで経験した事のないペースだったし。。。
だけど、そこで馬を抑えてしまったら、もう勝てないと
いうのが実感としてなんとなくわかるんです。
だから抑えようにも抑えれなかった。
そして案の定、あと4コーナ-の手前でオグリの手応えが
怪しくなった。
あ、終わったなって思った瞬間。
それは大歓声を聞いた時だった。
フッと手応えが戻ったんです。
あの時の感覚は今でも信じられない。」
また後年ホーリックス騎乗のオサリバンはこう語ってる。
「あの白い馬オグリは、ゴールした後も、抜こうと必死に
なっていたよ。あんな馬見たことがない
」
「絶対」「常識」・・・
幾多ものキーワードを破ってきたオグリキャップ。
物事には無限の可能性があることを教えてくれたオグリキャップ。
オグリの走ったレースはどれも、競馬という枠を飛び越え、
レースそのものに命が吹き込まれてるようだった。
そして又。。。ドラマチックだった。
だいぶ贔屓目には見ているけれど(笑)
諦めない姿勢・・・・・ それだけは覚えているよ
安らかに眠っておくれ。

