こんにちは、ネツです。
今回も訪問していただき、
ありがとうございます。
前回は、
これまで「やりたいこと」と
思っていたことについて、それは
本当に自分で吟味したものなのか?
というお話をしました。
ここで、少々考えてみていただければと
思いますが、今でこそサクセスストーリーとして
知られるようになった、メジャーリーガーの
イチロー選手。
少々前は、日本のCMでもおなじみ、
タイガー旋風とも言われた
プロゴルフPGAのタイガー・ウッズ選手など。
彼らは幼少期、それこそ生まれて
間もない頃から、野球やゴルフに打ち込み、
今の地位を築き上げてきました。
しかし、こういっては何ですが、
その彼らであっても生まれた
その瞬間から球やゴルフが好きだった
はずはありません。
イチロー選手には、ご存知の方も
いらっしゃると思いますが、チチローとも
呼ばれている、お父上の巧みな野球の
指導法が影響したと聞き及んでいます。
また、タイガー・ウッズ選手も、
お父上が年端もいかないわが子に、
ゴルフクラブを握らせて、ゴルフに親しませる
ということをしていたそうです。
さらに言えば、タイガー・ウッズ選手のお父上は、
米軍の特殊部隊グリーン・ベレー出身、
そして当事、ごく限られた
エリートだけしか学ぶことのできない
育成プログラムの洗礼を受けた方だと
言われています。
そうした育成方法を知り尽くした
父から学ぶのだから、あれだけの
逸材となるのも、ある意味、納得
というものです。
親の教育ということについては、
それぞれの方針もあるので、
それについてとやかく言うつもりは
ありません。
しかし、やりたい、やらねばならない
ということを、子どもが判断する
基準もないうちに、まるで、
「すり込み」のように、野球や
ゴルフを与えるということが、はたして
本当に良いことなのかということは、
考える余地のあるところです。
イチロー選手やウッズ選手の場合は、
見事に大成して、それぞれが携わる世界で
すばらしい結果を、今なお、出し続けています。
推測ではありますが、大変なことも
色々とありつつ、それぞれ野球、ゴルフが
「やりたいこと」になっているのではないだろうか-
いまだ第一線で活躍し続ける彼らを
見るにつけ、そう感じます。
ですが、誰しもが彼らのように
なったかというと、そういう訳では
ありません。
彼らのような選手がいる一方、
そのようにしても残念ながら
その世界で芽が出なかった人も、
たくさんいると思います。
そうした人々には、たいてい、
努力が足りなかったからだ
才能がなかったんだよ
というようなレッテルが貼られておしまいです。
しかし、本当に
努力が足りなかったからだ
才能がなかったんだよ
ということだけですんでしまう
お話なのでしょうか??
次回でいよいよ、このテーマはラスト。
もう少しこの点について、お話できればと
思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
こんにちは、ネツです。
今回も訪問していただき、
ありがとうございます。
さて、ここしばらく、
やりたいこと
やらねばならないこと
について、
そのやりたいことは、心の底から本当の意味でやりたいことなのか?
やりたいことをやれば努力はいらないというのは本当なのか?
というテーマで、
ややツっこんだお話をしました。
しかも、どちらかというと、辛口な方向での
お話になってしまう中、
さらに追い打ち!
という訳ではありませんが、
あと一つだけツっこんだお話をして、
このテーマはひとまず終了にしたいと
思います。
やりたいこと
やらねばならないこと
このことについて、今ひとつあなたに
考えていただきたいのは、
あなたが「やりたいこと」だと思っているそれは、本当にあなたが選択したことなのか?
ということです。
おいおい、何バカ言ってんの?
そんなの当たり前だろ!?
とか、
この前の「心の底からやりたいのか」の
質問とどこが違うんだ?
などと、そう思われるかもしれません。
しかし、あなたがそれを
「やりたい」と思った、あるいは
「好きなこと」と思うように
なったのはナゼでしょうか?
おそらく、
これ面白いよ
はやっているし
これからの時代、これくらいできないとダメでしょ
などなど―
切り口は色々あったとは思いますが、
ここで改めて、よーーーーーく
考えてみてください。
そのようにして「好きなこと」だとか
「やりたいこと」だと思うようになった
ということは、
自分の中から生まれたものではなく、外から知らない間に取り入れてしまった何らかの情報によって、そう思わされていただけだった・・・
ということではないでしょうか?
こういうことをお話すると、あなたは
そんなことはない!
と、反論するかもしれません。
もちろん、あなたも私も、自分と自分を
取りまく無数の人々や、物との関わりの
中で生きているので、外からの情報や
刺激によって、判断をしていくこと
それ自体は当然と言えば当然のことです。
しかし、くり返しますが、そうした
外から入って来た情報を、自分で
吟味することなく、いつの間にか
「やりたいこと」だと思わされるように
なってしまっている、
そうしたことが絶対にないと断言できるでしょうか?
次回は、このあたりをもう少し
くわしくお話したいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
今回も訪問していただき、
ありがとうございます。
さて、ここしばらく、
やりたいこと
やらねばならないこと
について、
そのやりたいことは、心の底から本当の意味でやりたいことなのか?
やりたいことをやれば努力はいらないというのは本当なのか?
というテーマで、
ややツっこんだお話をしました。
しかも、どちらかというと、辛口な方向での
お話になってしまう中、
さらに追い打ち!
という訳ではありませんが、
あと一つだけツっこんだお話をして、
このテーマはひとまず終了にしたいと
思います。
やりたいこと
やらねばならないこと
このことについて、今ひとつあなたに
考えていただきたいのは、
あなたが「やりたいこと」だと思っているそれは、本当にあなたが選択したことなのか?
ということです。
おいおい、何バカ言ってんの?
そんなの当たり前だろ!?
とか、
この前の「心の底からやりたいのか」の
質問とどこが違うんだ?
などと、そう思われるかもしれません。
しかし、あなたがそれを
「やりたい」と思った、あるいは
「好きなこと」と思うように
なったのはナゼでしょうか?
おそらく、
これ面白いよ
はやっているし
これからの時代、これくらいできないとダメでしょ
などなど―
切り口は色々あったとは思いますが、
ここで改めて、よーーーーーく
考えてみてください。
そのようにして「好きなこと」だとか
「やりたいこと」だと思うようになった
ということは、
自分の中から生まれたものではなく、外から知らない間に取り入れてしまった何らかの情報によって、そう思わされていただけだった・・・
ということではないでしょうか?
こういうことをお話すると、あなたは
そんなことはない!
と、反論するかもしれません。
もちろん、あなたも私も、自分と自分を
取りまく無数の人々や、物との関わりの
中で生きているので、外からの情報や
刺激によって、判断をしていくこと
それ自体は当然と言えば当然のことです。
しかし、くり返しますが、そうした
外から入って来た情報を、自分で
吟味することなく、いつの間にか
「やりたいこと」だと思わされるように
なってしまっている、
そうしたことが絶対にないと断言できるでしょうか?
次回は、このあたりをもう少し
くわしくお話したいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
こんにちは、ネツです。
今回も訪問していただき、
ありがとうございます。
前回、
やりたいことをやれば努力はいらない!
というのは、
ただし書きがつく限りで本当である
というお話をしました。
今回は「努力はいらない!」ということを
もう少し進んで考えてみたいと思います。
誰だって本当に好きなことがあって、
それが心の底からやりたいことであれば、
文句も言わずに取り組むと思います。
あなたにも、ついつい時間を忘れて
やってしまうことがあるのでは
ないでしょうか?
私も子供のころは、それこそ懐かしの
ゲームウォッチ、初代無印のファミコンから、
スーパーファミコン、セガの各種ゲーム機、
その他おそらくはゲーム好きの方しか
ご存じないようなゲーム機も含め、
ゲームが大好きで、そのころは、
何時間も何時間も、ずーーーーっと
テレビの前にかじりついて座っていても
まったく苦にもならない!
というような
ゲーム大好き少年
でした。
親兄弟には「よく飽きないね~」などと
呆れまじりに笑われたものです。
最近では「Eスポーツ」というジャンルも
あるらしく、ゲームを作るのではなく、
競技形式でプレイすることを仕事に
している方もいらっしゃると知って
驚いたのですが、私自身、それくらい本気で
打ち込めるものかどうかと問われれば、
アヤシイところだと思います。
それに、今ではゲーム以上に楽しいことを
見つけてしまったので、ゲームをやることも
めっきり無くなってしまいました。
さて置き、このように好きなことを
やっているときは、周りが止めたってやりますし、
また、やっている本人も
今、スゲー努力しているぜ!
などと思ってもいないでしょう。
Eスポーツのように、それを仕事に
なされている方には失礼かもしれませんし、
そうした好き嫌いで済むレベルのもの
(これは私にとってですが)を例に出すのが
適切かについては、議論の余地はあるとしても、
本当に好きなことをやっている人は、それを努力だと思っていない
ですし、そもそも、
好き嫌いなんて考えず自然にやってしまっている
というのが本当のところです。
逆に、
それくらいのことでないと、本当にやりたいこと、好きなことではない
ということもできます。
ただ、そうした好きなことに猛烈な勢いで
取り組んでいる人の様子を他人が見ると、
ものすごい努力をしているように見えるか、
またはそのように感じるという訳です。
なんだか、実もフタもないお話になってしまい、
ガッカリされたでしょうか?
しかし、このように、
好き嫌いは結果であって、目的ではありません。
あなたには是非、人生でそれくらい
打ち込めるくらいの
やりたいこと
を探してほしいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
今回も訪問していただき、
ありがとうございます。
前回、
やりたいことをやれば努力はいらない!
というのは、
ただし書きがつく限りで本当である
というお話をしました。
今回は「努力はいらない!」ということを
もう少し進んで考えてみたいと思います。
誰だって本当に好きなことがあって、
それが心の底からやりたいことであれば、
文句も言わずに取り組むと思います。
あなたにも、ついつい時間を忘れて
やってしまうことがあるのでは
ないでしょうか?
私も子供のころは、それこそ懐かしの
ゲームウォッチ、初代無印のファミコンから、
スーパーファミコン、セガの各種ゲーム機、
その他おそらくはゲーム好きの方しか
ご存じないようなゲーム機も含め、
ゲームが大好きで、そのころは、
何時間も何時間も、ずーーーーっと
テレビの前にかじりついて座っていても
まったく苦にもならない!
というような
ゲーム大好き少年
でした。
親兄弟には「よく飽きないね~」などと
呆れまじりに笑われたものです。
最近では「Eスポーツ」というジャンルも
あるらしく、ゲームを作るのではなく、
競技形式でプレイすることを仕事に
している方もいらっしゃると知って
驚いたのですが、私自身、それくらい本気で
打ち込めるものかどうかと問われれば、
アヤシイところだと思います。
それに、今ではゲーム以上に楽しいことを
見つけてしまったので、ゲームをやることも
めっきり無くなってしまいました。
さて置き、このように好きなことを
やっているときは、周りが止めたってやりますし、
また、やっている本人も
今、スゲー努力しているぜ!
などと思ってもいないでしょう。
Eスポーツのように、それを仕事に
なされている方には失礼かもしれませんし、
そうした好き嫌いで済むレベルのもの
(これは私にとってですが)を例に出すのが
適切かについては、議論の余地はあるとしても、
本当に好きなことをやっている人は、それを努力だと思っていない
ですし、そもそも、
好き嫌いなんて考えず自然にやってしまっている
というのが本当のところです。
逆に、
それくらいのことでないと、本当にやりたいこと、好きなことではない
ということもできます。
ただ、そうした好きなことに猛烈な勢いで
取り組んでいる人の様子を他人が見ると、
ものすごい努力をしているように見えるか、
またはそのように感じるという訳です。
なんだか、実もフタもないお話になってしまい、
ガッカリされたでしょうか?
しかし、このように、
好き嫌いは結果であって、目的ではありません。
あなたには是非、人生でそれくらい
打ち込めるくらいの
やりたいこと
を探してほしいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!