ココロとカラダは切り離せない・・。 | ココロtoカラダnoフィットネス

ココロtoカラダnoフィットネス

ココロとカラダは、繋がっています。ココロの在り方が、カラダに影響し、カラダの在り方が、ココロに影響します。
カラダのフィットネスはお馴染みですが、当ブログでは、ココロのフィットネスという概念にも触れてお届けして参ります。

長年、カラダのプロとして活動してきた私ですが、


毎年、冬から春にかけての、このシーズンに突入すると、


決まって、過去の競技(体操競技)時代の後遺症である


腰痛が発症することや、近年、花粉症というものに悩まされる


状態が続いていました。


この状況は、カラダのプロとして非常に屈辱的なことであり、


何とか、そうしたリズムをコントロールしたいと考えていた私ですが、


今シーズン、初めて腰痛、花粉症ともに、コントロールすることが


出来る様になったという実感が持て、満足感を得ることが出来ています。



以前の私は、カラダをパーフェクトにコントロール出来れば、


全ての不調を取り除けると本気で思っていて、カラダの仕組みを理解し、


それらをコントロールする術を身に付けるべく、人生の大半の時間を


費やして来たし、そこに労力やお金というリソースを惜しみなく注いで


来た訳ですが、何故、パーフェクトにカラダを整いきらせることが


出来ないのだろう・・。とも感じていました。それは、お客さまが満足してくれたとか、


そうでないとかということの問題ではなく、自分の中で、何かがしっくり


来ていなかったのだと思います・・。



むしろ、私のセッションを受けるお客さま方は大いに満足してくださっていましたから、


今から思うと、そんなお客さま達から、逆に、もっと、高みを極めろ!と、自分が自分自身に


言い聞かせることが出来る様、エネルギーをいただいていたのだと思います。


そう思うと「感謝」の一言に尽きます・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。。




少々、話が脱線してしまいましたが、

それらの経験を得て、私が確信したこと・・。



それが、ココロとカラダは切り離せない・・。という視点です。



こんなことを云うと、どうも怪しい世界・・。とか思われる方が多いと


思いますが、もともと、私自身も、目に見えない、いわゆるスピリチュアル(精神世界)的な


世界感を受け入れられない人間でしたから、その気持ちもよく理解しているつもりです。



しかし、あえて、私が経験し得て来たことを語ろうとするなら、やはりそれは切り離せる


ものではない・・。と、確信を持ったし、カラダのプロとして、お客さまに確かな結果を


得ていただく為には、決して避けて通ることの出来ない課題であると認識した訳です。



そして、今では、かなり、スピリチュアルな世界観を持つ人間になってしまいました(;^_^A


でも、仕方ないんです・・。 触れなくても、人のカラダの中にある骨を動かすことが出来る

ようになってしまったり、言葉の力で、カラダが整ってしまう現実に直面してしまった訳ですから、

きっと、経験してしまえば、今までの非常識が常識になってしまうってことが起こるんです。





だから敢えて、「ココロtoカラダnoフィットネス」という、少々怪しいテーマ・・?


と感じられてしまうかも・・?ということを恐れず、インターネット上に、記録を

保存しようと思い立った次第です。




ということで、前置きが長くなってしまいましたが、今回のタイトルである


ココロとカラダは切り離せない・・。ということについて綴っていきたいと思います。



それには、最近、FB上で、ある質問をいただいたことに対する回答を引用して

おくことで記録に留めておきたいと思います。





質問内容: 体、脳、心、鍛える順番は?心、体、脳、他、、、、



というもの・・。



回答:

私は、心、体、脳は、そもそも分離した捉え方の出来ないものだと解釈しています。

何故なら、心は、脳の反応パターンによって変化するし、体は、心の状態によって変化するし、

脳も心も、体の状態によって変化するし・・。と、常に連結し統合されたものだと考えています。

そもそも、分離したものでない人間の機能を分離したものと解釈して扱おうとすることに

無理があるのではないかと・・。



なので、自分が経験的に取り組み易く行動に移しやすいものから、取り組むのがベストだと

思いますよ(^○^) 

ある人にとっては、脳の認識パターンを変えることで、心の在り方が、

変わり、体を大切にするようになるかも知れませんし、ある人は、体を、動かすことで、

を元気にし、脳に学びを与えるエネルギーを生み出すかも知れません。

つまり、どこからエネルギーの循環を始めるか?ということであって、分離意識の

弊害による循環の停止を招かないよう、意識さえしておけばいいと思います。

分離意識は循環を止めてしまいますが、世の中は、常に循環しているため、人間を、

脳も心も体も含めて1つの意識体と捉えた場合、それらも、その意識体の中で、

常に循環が起こっていることが重要である。という考え方です。

自然法則に則るなんていうことが、よく言われていると思いますが、自然法則って、

すなわち、エネルギーの循環ということに置き換えることで、

少し捉えやすくなるかも知れませんね♪ 

素晴らしい質問をいただき、いいヒラメキをいただきました。感謝です(笑)





以上、ここまで・・。



脳というのが、入ってきていますが、一先ず、ココロとカラダは切り離せない・・。という

理由については、何となくご理解いただけたでしょうか・・?



大事なポイントは、

分離意識を外し、エネルギーを循環させるということです。



私が、長年、腰痛や花粉症をコントロール仕切れなかった最大の理由は、

ココロとカラダを分離して捉え、カラダのコントロールだけで全てを完結させようと

してきたことです。



意識的に、別物と捉え、そのものの見方を貫こうとしていた

というか、単に、そこに囚われていたかったんですよね・・。自分自身が・・。



カラダのプロとして、カラダというものの部分に対する限界地点まで・・。



・・・これでは、エネルギーの循環が上手く機能するはずがないと、

  ちゃんと自分自身の葛藤、苦悩、苦痛という経験を通して気づくために・・。



・・なんて、今は、そう思っています。



だから、それはそれでよかったんだと思います。





皆さんも、葛藤や苦悩、苦痛の先に、そんな経験を見出せたことは

ありませんか・・?



恐らく、思い当たる節は沢山あると思いますよ(笑)





今日は、ここまで・・。