「シェアリングが足りない」                       初めてお付き合いもどきをした彼氏との付き合い始めに言われた言葉。昨日この意味が一年半の歳月を経てやっ~~~~と心から理解できましたよ。斎藤孝の本でやっと。シェアリングが成立している関係は豊かな人間関係を意味します。シェアリングとは、すなわち自己と他者の好きなものの一致・共有です。私たちアベックには飛び抜けてこれが欠如していた。重過失。たぶん善意重過失。いや、でも元彼は悪意だったのかも‥出会った当初は大学生という立場で留学って同じ境遇だったからシェアリングしていた気になってたんだと思うの。でも境遇のシェアリングでは弱かった。きっかけには十分すぎたけど、その要素だけじゃ私たちは持続不可能だったんだね~~際立った趣味や個性がなかった私は相手を自分の領域に誘い込むことはなしに然り。逆に彼はシェアリングするものを持っていたけれど、あんまり見せなかったね。でも見せた時に無関心で返したのは私でした。なんか恥ずかしかったんだもん‥
でもこれが薄っぺらな関係構築の第1歩だったのかもしれない。他の人はどうだか知らないけど、私は言葉が乏しいからその分行動しなきゃいけないのになぁ。相手の領域には踏み込まない、自分の領域にも踏み込ませない、それが私でした。いや現在形ね。最近思うのだけど、熱しやすく冷めやすい人はいやだいやだと言いつつ、実は自分がそうなのかも、と。一途ではあるけど、なんていうのかな、人と接していく上での心の踏み込み方と踏み込ませ方が短距離未完走型なんだよ、いやなくらいに。大多数にね。まぁ少人数いるから良いのだけど、あと大切な人くらいにはもっとあけっぴろげに接することができるようになりたいよ、切実に。あと、傷心のホンマモンの癒し方見つけました。今までぐーだぐだしてたけど、今回目から鱗のいきおいですっきりしたの。主観でね、あの時こうすれば、とか何で彼はこんなことするとか考えるの無・駄。そうじゃなくて、ダメだった原因をなるべく客観的にそしてなるべくベンサムの功利主義も頷く論理で説明できると、自分がすごくすっきりする
の。あぁ~!なるほどね~!ってちょっとマイムマイム踊りたくなるくらいに。一足遅れた知的クーデターだね。