こんにちは。 Caphotel KYOTOの女将Tomokoです。
白雲神社の参拝を済ませて、次は仙洞御所・大宮御所の前を散歩しましょう。
この地図で言うと、今まで下から北上してきて、今から右の方を散歩するって感じですね。
御苑のお庭って、ホントに広いんですよ。
ハイヒールだと、絶対足が痛くなりそう。
見えてきました。
上品な黄土色の土壁に守られた、ここが仙洞御所です。
こちらは、17世紀初め後水尾天皇が上皇となられた際造営されました。
御殿は、1854年に残念ながら焼失してしまったのを最後に再建されませんでしたが、
美しい庭園・茶室が残されています。
~後水尾天皇~
大108代天皇。名は政仁(ことひと)。陽成天皇第3皇子。
徳川秀忠の娘・和子(まさこ)を女御としました。
朝廷に対する幕府の圧迫が激しかったため、(紫衣事件がきっかけ)
中宮和子の産んだわずか7歳の興子内親王(明正天皇)に位を譲り上皇となりました。
学問・詩歌に優れ、修学院離宮造営を行ったことでも知られています。
~紫衣事件~
紫衣は高位の僧・尼しか着用を許されない法衣や袈裟のこと。
古くから、高位の僧や尼に紫衣を許すのは朝廷の権威であり収入源でもありましたが、
幕府は朝廷を圧迫するため「勅許紫衣法度」や「禁中並公家諸法度」を制定し、
幕府の許可なく紫衣や上人号を許すことができないようにしました。
これが江戸時代初期における最大の不和確執事件となり、
これをきっかけに後水尾天皇は幕府に何の相談もなく譲位を敢行したとされています。
庭園は、二条城二の丸庭園などを手掛けた幕府の作業奉行・小堀遠州が1636年に造園したものを、
後に後水尾上皇が手を加えられたものだそうです。
回遊式庭園になっており、北池と南池が配置され、季節折々の美しさを楽しめる庭園になっているとか。
ステキ~~♡ 庶民には想像もできない世界です。
あっちから
こっちまで全部仙洞御所です。広いですね。
さぞかし立派な御殿が建っていたのでしょうね。
焼失したなんて、モッタイナイ。。。
そしてこちらが大宮御所です。 西向きの門が修理中でした。
仙洞御所に隣接して建てられた大宮御所は、
後水尾天皇の皇后であり 徳川秀忠の娘でもあった東福門院和子の御所として建てられたものです。
~東福門院・和子~
2代将軍・徳川秀忠と正室・江(祟源院)の五女として江戸城で誕生。
1612年、後水尾天皇が即位すると、家康が和子の入内を申し込み、
1620年、女御として入内。
1623年11月、興子内親王誕生。 後に男子も生まれたが夭折。
1629年、紫衣事件が起き、後水尾天皇は突然譲位。興子内親王が天皇となりました。
同年 院号宣下を受け東福門院となりました。
嫁ぎ先の天皇家と実家徳川幕府との板挟みで、苦悩多き人生を歩まれつつも、
双方への細やかな心配りをされた女性だったとのことです。
大宮御所は、東福門院没後は皇太后などの女院御所として使われましたが、
仙洞御所と同様に再三の火災で焼失してしまったそうです。
ほんとモッタイナイ。。
現在の建物は、孝明天皇の皇后である英照皇太后の御所として建てられました。
天皇陛下や皇后陛下、皇太子殿下のご宿泊や、国賓の入洛の際に使われています。
↓ 土塀の内側は、全部大宮御所です。とっても広いです。♡
本当に美しい土壁です。中はさぞ美しいのでしょうね。
仙洞御所も大宮御所も、見学には事前の申し込み・許可が必要です。(#^^#)
↓大宮御所の北門です。素晴らしいですね。
警備の方が門を守ってらっしゃいました。
またまた記事が長くなってしまいました。
私って、喋り出したら止まらないんですよね。(汗)
スミマセン。次号に続きます。
見捨てないでお付き合いくださいね。m(_ _)m
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