今回は介護生活日記の最終回として、旅立つ前日から当日、葬儀まで書きます。長くなると思います。。。
雨の土曜日。
いつものように病室に着いたら、この日は目を開けていた。
口に含ませてるガーゼが外れそうになっていたので、少し湿らせて口から取り出す。
目を開けているけど、反応はほぼなし。
呼吸が、激しくなったり早く浅くなったり間隔が開いたり、時々止まったり。
なんだかおかしいなあと思うけど、飽和度は下がらないので様子を見ていた。
今思えば、と言うか翌日気がつくのだけど、この呼吸は、チェーンストークス呼吸と言って肺炎の患者さんの終末期に現れる特徴的な呼吸だったみたい。
だからこの呼吸の事をきちんと看護師さんに報告して、意味を聞き、覚悟をしなければならなかった。
そうではないかと心のどこかで思っていたし、日記にも「お別れは近い」と書いているのに、現実になるのが怖くて誰にも言えず、普通に過ごしてしまった。
とにかく、この日はむしろいつも通り過ごした。
担当のSTさんの口腔ケアも、イケメンOTさんのケアも、クマさんみたいなPTさんのリハビリも。
でも、舌や喉からゼロゼロとした音が鳴り続け、痰も絡み、前日とは明らかに様子は違っていた。
STさんの口腔ケア。
梅味の酸っぱいジェルを塗っても酸っぱい顔をしない。
でも、ケアが終わってからりんごとコーヒーの、アイス綿棒をしてもらったら、いつも通り食いついてた。そろそろカレーを復活させよう!と、STさんと相談して月曜日にスープ作ってくるね、と話した。
イケメンOTさんのケアの時、
「次の目標、どうしようね」と言うと、
「お母さんに髪を洗ってもらうのはどうですか?」って提案してくれた。
お母さん、また文句言いそう!って笑ったけど、是非やりましょう!来週ね。って。
それからサッカー好きの彼に、ワールドカップ始まったらここで一緒に応援しよう!と夢のような話もしていた。
ホントに夢だったね。。。
全然意識してなかったけど、この日は未来の話ばかりしてた。。。
それから、この日の担当看護師さんがイケメンくんと協力して頑張って吸引してくれたけど、父はもう咳を出すのが難しくって、つらそうなので喉元だけ取ってもらった。
お陰で呼吸が少し楽そうになった。
午後は叔父と母がほぼ同時に来て、4人でしばらく過ごす。父も叔父をしっかり見て、叔父を喜ばせた。
叔父はまた泣いていた。それをじっと父は見ていた。
多分、起きていたと思う。
それからクマさんPTさんのリハビリ。世間話しながら、いつも通り。
リハビリが終わって吸入。吸引してみるけど、やっぱり奥まで入らないから取れない。
クマさんの時に胸を押してもらってやってみましょうとなる。
リハビリを待つ間も呼吸は落ち着かない。
いやな予感しかしない。
クマさんと看護師さん2人が来て、父の体を真横に向けて痰をしっかり動かして、父も頑張って咳をして痰はたくさん取ってくれた。けど、少しハードだったので、目を見開いて弱々しくヒッヒッと変な呼吸をしている。ゆっくり呼吸して〜吸って〜吐いて〜と声をかけ胸をさすってなんとか戻すことができたけど、今度は、あーあーとずっと声を出して止まらない。
多分、意識はなくて、声帯が勝手に鳴ってる感じ。
そして、例の呼吸が続く。
夜勤の看護師さんは、偶然にも父の担当看護師さん2人。安心なのだが、この呼吸の事、もはや黙っていることは無理。。。
「さっきから呼吸が早くなったり遅くなったり止まったりしてる。。。」
と報告したら、ちょっと慌てた様子。
「息しなきゃダメですよー」
と、声をかけてくれる。
でも、この呼吸の意味は具体的には教えてくれない。
私も母も父の様子をただ事ではないと感じてるけど、まさか、すぐに行ってしまったりしないだろうとタカをくくって、この日もいつもよりずっと遅く、8時半までいたけど、病院の規則もあるから、後ろ髪を引かれながらタクシーで帰った。
あり合わせのもので食事して、疲れてしっかり寝てしまった。
そして、晴天の日曜日。
全く普通に、雨降ってないから父の調子もいいに違いないと、朝9時前にいつものように病室に行くと。。。
看護師さんが吸引の真っ最中。
飽和度下がったみたい。
なかなかうまくいかないらしく、ヘルプがどんどん来る。日曜日の出勤そんなに多くないのに、気がついたら5人くらい。もしかして、なんかヤバイ?
主任さんが、呼吸補助しながら、
「お母さんに連絡しましょうか」
と言った。
「それは、とうとう?」
「。。。そうですね」
「わかりました」
意外なほど冷静。
母ではなく弟にかける。。。出ない。
仕方ないので母に直接連絡。
携帯にかけると驚くだろうから家電にかける。
珍しくすぐ出る。
「今からすぐにタクシーで病院来てくれる?」
「危ないのん?」
「うーん、よくわからないけど、主任さんがお母さん呼んでって。呼吸が。。。」
「わかった。。。」
母も冷静。
病室に戻って父に声かける。
「お母さん、もうすぐ来るで、頑張りや!」
どうやら、自発呼吸は止まってしまったみたい。
アンビューバッグで、空気を送り込んで母が来るのを待ってくれる。
当直の先生が来る。
ああ、ついに。
でも、意外と冷静。
弟に連絡し続ける。
。。。15分ほどで母が来た。早い!
呼吸してないみたい。と伝える。
弟には連絡取れないと言うと、甥っ子のテニスの試合を見に行っているらしい。
とにかく電話し続ける。LINEで状況を伝えるけど既読もつかない。
先生が、瞳孔を見る。まだ収縮しているみたい。
「この病気は症状として収縮してる事があるからね」と言われて、何も言えない。。。
その時電話が。
やっと弟が連絡してくれた。
状況を伝える。20分くらいで来られそうと。
先生に伝えると、そんなには無理だよと言われる。
そして、バッグでの補助も終了された。
すぐには心臓は止まらない事、耳は聞こえてるから声をかけてあげたらいい事、先生はそれだけ言って去っていった。
看護師さんが2人、ついててくれる。
母もとても冷静。
2人で声をかけてると、弟が来た!
間に合ったね。
3人で一生懸命声をかけてると、いつの間にか看護師さんがいなくなった。
最期、家族でちゃんと見送らせてくれるみたい。
父は、確かに呼吸止まってるんだけど、まだ飽和度も80くらいあるし、心拍も80とか。
手も足もあったかい。
でも、もう行っちゃうんだね。
もちろん涙は出る。
でも、泣き崩れたりしなかった。
家族で、お父さんに声をかけてると、何分かに数回呼吸が復活して飽和度が上がる。
そう言う事がかなり続く。
弟嫁と姪が来た。
また弟嫁はなんか知ったかしてるけど、もうどうでもいい。
姪も声をかけたりしてる。
どうやら、父はまだ頑張るらしいから水を汲みに姪と給水機に。
私達が先に倒れたら大変だもんね。
姪に、怖くないか聞いたら、大丈夫と。えらい。私は17歳でそんなに平気でいられた自信ない。
30分ほど経って、姪が用事があると。できれば姪に父の最後の苦しむ姿は見せたくないとも思ってたし、なんなら夜まで頑張るかもだし、行って来たらいいと伝える。弟嫁と2人で病室から去って、また弟と母と水入らずになった。両の手を3人で握って、見守る。
父は真っ青な顔になったと思ったら息をして血色を取り戻す。でも、だんだん手が冷たくなって、爪が青くなって来た。
心臓はしっかり動いてる。
すごい強い心臓だね。
しばらくすると、なんだか、呼吸がしっかりして来た。ちょっと補助してもらえたらまた頑張れるのでは?と思って、ナースステーションに行って、
「息、してるよ?」って、恐る恐る言ってみた。
「。。。すごいね、でも、そう言うものなんですよ」と諭された。そうだよね、ごめんなさい。。。
1時間くらいずっとその状態。だんだん緊張感も薄れて来る。ふと見ると、父の目から大粒の涙が。
弟が、
「泣いてるな。。。」と言う。
涙をぬぐいながら「そうだね」と。
母は、何も言わず手を握る。
お昼近く。
母が荷物の整理を始めた。
ついててあげなよと言っても、いいの!と。
そんなこんなしてる時に、部屋の掃除のお姉さんがゴミの収集に来た。
どうぞと通してゴミ箱を渡したりしてたら。。。
ふと父の顔を見ると、さっきまでと明らかに違う生気のない顔になってる。
モニターを開けると、やはり心拍が止まっていた。
お父さん、さすがです。
私が、『あれ?お父さん、息してない?』って言うの狙ってたのわかってたね。
みんなが完全によそ見して他の事に気を取られてる間にそっといなくなっちゃった。
しばらくモニター見てたけど、心拍も呼吸も復活しない。でも、誰も来ないから、ナースステーションに行ってみる。私の顔を見たら、看護師さんが、
「今、先生来ますから」って。
やっぱりか。。。
部屋に戻って先生を待つ。
当直の先生が来て、テレビで見慣れた脈の確認と瞳孔の確認ををして、
「ご臨終ですね!12時10分です」と明るく言われてしまった。
まあね、お父さん、楽になったわけだから。
なんか、先生の明るさで泣きそびれました。
ありがとうございますと挨拶して、お父さんのそばに。もう、瞬きでお話もできないし、手も握ってくれないんだ。さみしいな。
でも、ホントに幸せな2ヶ月だった。
ありがとう。
父の兄弟達に連絡。
部屋の荷物を片付ける。
淡々とこなす。
それから、エンジェルケアの間、一階のロビーで葬儀場の手配など。
弟がしっかりやってると思ってたら、何もやってなかった!
まあ、結局普通に電話しました。
お迎えは割とすぐ来てくださるみたい。
斎場も抑えられた。
我が家にはとても狭くて急な階段があって残念ながら父を連れて帰れない。
斎場に直行です。
叔父が1人やって来た。
いつも来たら泣いちゃう父のすぐ下の弟。
すでに泣いてる。
叔父を慰めつつ。最期の様子を話す。
ゴメンね知らせなくて。
話してたら叔父も落ち着いて来た。
待つ事50分ほど。丁寧にケアしてもらった父に会わせてもらう。
きれいにお化粧してくれたから顔色も良くて、なんだかよく寝てる時みたい。でも動かない。
斎場もからのお迎えの連絡が来るまで、2ヶ月近く過ごした病室で一緒に待つ。
斎場からのお迎えが来たので、また一階のロビーで待つよう言われて、その後霊安室に連れてってもらう。
その時、その日の担当だった、私が師匠と密かに呼んでた凄腕ナースマンくんに、
「日曜は人が少なくて忙しいから平日の昼にするように言って聞かせてたのにねー」
って言ったら、
「イヤ、実は日曜は検査とかないから意外と余裕なんです。明日だったら大変だった。お父さん、空気読んだね」
だって。そうなんだ、よかった、迷惑かけずに済んで。
でも、日曜じゃなかったら母も弟もすぐに来れなかっただろうしね。
お父さん、お手柄なのかも。
さて、師匠に霊安室に連れてってもらったら。
ドラマでよく見る暗い部屋じゃ無くて、明るくてきれいな部屋。安置と言うより、迎えに来るのを待つ部屋って感じみたい。
でも、なんで祭壇の前にいるのか、ロウソクとかお線香とか、意味がわからない。。。って思いながら。
順番にお焼香したりして。看護師さん達もお線香あげてくれた。よかったね、お父さん。
そして、斎場からお迎えが来て、白い布に包まれた父を運びだそうとしたその時、なんと非番だった主治医の先生が走って来た!完全にお父さんの休日の服装。わざわざ来てくれたみたい。
母は、じつはこの時まで一切涙を見せていませんでした。なのに、先生を見た途端堰を切ったように泣きました。先生、ありがとう。
苦しまず、穏やかに狙い通りの最期でしたと伝えた。
この後もたくさんいろんなことあったから、一旦休憩。
続きます。