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内閣府 食品安全委員会e-マガジン【読み物版】
 「薬剤耐性菌」について知ろう   平成28年11月25日配信
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今月のe-マガジン【読み物版】は、「薬剤耐性菌」についてお送りします。
近年、国際的に大きな課題となっているものとして「薬剤耐性菌」への対策があります。今年から、毎年11月を「薬剤耐性(AMR)対策推進月間」とし、政府機関や様々な民間団体が一体となって普及啓発活動を推進しています。


今号では、「薬剤耐性菌」に関する基本的情報を、次号では食品安全委員会で行っている薬剤耐性菌に関する食品健康影響評価についての情報をお送りします。

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1. 「薬剤耐性菌」とは?
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細菌による病気の治療のために、薬剤(抗生物質などの抗菌剤)を使用すると、細菌がその薬剤に対して耐性をもってしまうこと(耐性化)があります。
耐性化により、薬剤の効果が下がる、又は効かなくなる事象を「薬剤耐性」(「AMR」; Antimicrobia lResistance)と言い、薬剤耐性を示す細菌を「薬剤耐性菌」と呼びます。

 

■抗菌剤(抗菌薬)について
病気を引き起こす細菌を「病原細菌」と言います。食中毒を起こす腸炎ビブリオ、サルモネラ属菌なども病原細菌で、それらの細菌による病気の治療に使う薬剤を「抗菌剤」と呼んでいます。(「抗菌薬」と呼ぶ場合もあります。)

 

抗菌剤は、(1) 細菌の分裂を止めてしまう、(2) 細菌のタンパク質合成や遺伝子の複製を阻害するなど、さまざまな作用で細菌に働き、その増殖を阻止します。
抗菌剤は、「抗生物質」と「合成抗菌剤」に大別されます。

 

世界初の抗菌剤は、1928年に発見されたペニシリンです。ペニシリンはアオカビ(生物学上の分類では真菌類)から生成され、このような微生物からつくられる抗菌剤が「抗生物質」です。

 

一方、化学的に合成されたサルファ剤などを「合成抗菌剤」と言います。
なお、いわゆる「風邪」の多くは、ウイルスによるもので、この場合、抗生物質はあまり効かない、ということになります。

 

抗菌剤にはヒトを対象としたものだけではなく、動物用のものもあります。動物用は、病気の治療(動物用医薬品)、飼料中の栄養成分の有効利用(飼料添加物)、などを目的として使用されています。

 

■病原細菌の耐性化 -「薬剤耐性菌」の出現-
細菌による病気の治療のために、抗生物質などの抗菌剤を使用すると、細菌の方もこれに対して、
・ 抗菌剤を分解する酵素を出す
・ 抗菌剤の作用部分を変化させて結合できなくする
など、抗菌剤に対して耐性を持ってしまうことがあります。

 

このような耐性化により、抗菌剤の (1) 効果が減弱;効きが悪くなる、又は(2) 無効;効かなくなる事象を「薬剤耐性」(「AMR」; Antimicrobial Resistance)と言い、薬剤耐性を示す細菌を「薬剤耐性菌」と呼びます。

 

■薬剤耐性菌が生き残る
抗菌剤を使用すると、それが有効に働いて死滅する細菌(これを「感受性がある細菌」と言います。)がいる一方、効かない(つまり耐性化した)薬剤耐性菌は生き残り、増えることがあります。
これを薬剤耐性菌が「選択される。」と言います。
 

抗菌剤を長期間にわたって使用すると、結果的に薬剤耐性菌だけが生き残ることになります。(抗菌剤による「選択圧」と言います。) 不要な投薬を長期間続けるなどの不適切な抗菌剤の使用は、薬剤耐性菌の出現や選択を促進することがあることを十分認識しましょう。
薬剤耐性菌の例としては、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)などが、よく知られています。

 

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2. 「薬剤耐性菌」問題と取組の強化
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■薬剤耐性菌の問題点
薬剤耐性菌の問題点は、主に次のような点が挙げられます。


○ 20世紀、人類はワクチンや抗菌薬といった感染症と闘う強力な武器を手に入れ、先進国における主な死因が感染症から非感染性疾患へと変化する中で、製薬の主流も移行し、1980年代以降、新たな抗菌剤の開発が減少。一方で、ヒトに対する抗菌剤の不適切な使用等を背景として、その頃から病院内を中心に新たな薬剤耐性菌の脅威が増加。
 

○ 国外においては、多剤耐性(※)・超多剤耐性結核等が世界的に拡大。
 ※ 多剤耐性; 細菌が変異して、多くの抗菌剤が効かなくなること。

 

○ 動物における薬剤耐性菌は、動物分野の治療効果を減弱させるほか、畜産物等を介してヒトに感染する可能性があること。
 

薬剤耐性菌も細菌の一種です。食肉については、薬剤耐性菌対策も併せた食中毒対策としても、十分に加熱して食べましょう。

 

■国際社会、日本政府の対応
国際社会では、2011年、WHO(世界保健機関)が、世界保健デーで薬剤耐性菌問題を取り上げ、ヒトと動物の垣根を超えた世界規模での取組(ワンヘルス・アプローチ)を推進する必要性を国際社会に訴えたことを契機に、次のような対応がとられています。

 

・ 2015年5月、WHOの政策決定機関である世界保健総会で「薬剤耐性(AMR)に関するグローバル・アクション・プラン」を採択、加盟各国に2年以内の自国の行動計画の策定を求めた。
 

・ 2015年6月、ドイツで行われたG7エルマウ・サミットにおいて主要課題の一つとして扱われ、G7諸国が強調して薬剤耐性対策に取り組む方針が首脳宣言に盛り込まれた。
 

・ 今年(2016年)5月、我が国で行われたG7伊勢志摩サミットでも、更に強調して取組を強化する方針が首脳宣言に盛り込まれた。
日本政府は、このような国際的な動向を踏まえ、今年、次のような対応を行いました。

 

・ 4月に開催された「国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議」(第4回。主催;内閣総理大臣)において、「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2016-2020)」を決定
 

・ 11月1日に第1回「薬剤耐性(AMR)対策推進国民啓発会議」(※)を開催
  ※ 官民が一体となって、全国的な普及啓発活動の推進を図ること等を目的として設立された。議長は毛利衛日本科学未来館館長。有識者、関係行政機関(食品安全委員会事務局長を含む)等で構成。

 

≪参考≫
食品安全委員会:「薬剤耐性菌の食品健康影響評価に関する情報」

https://www.fsc.go.jp/senmon/sonota/amr_wg/amr_info.html
 

国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議(首相官邸ホームページ)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kokusai_kansen/
 

第1回 薬剤耐性(AMR)対策推進国民啓発会議(平成28年11月1日)(首相官邸ホームページ)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kokusai_kansen/amr_taisaku/dai1/index.html

 

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3.  薬剤耐性菌と食品
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抗菌剤は、動物用医薬品(抗菌性動物用医薬品)、家畜用の飼料添加物(抗菌性飼料添加物)として使用されています。これによって選択される(抗菌剤が効かない細菌が生き残り、増えること)薬剤耐性菌が、動物の治療効果を減弱させるほか、食肉、養殖魚肉、鶏卵などの食品を汚染し、それらの食品を介して、私たちが薬剤耐性菌を摂取する可能性があります。

 

動物に対する抗菌剤は、ヒトの医療で新しく承認された抗菌剤は使用しないなど法令に基づいて限定的に使用されています。
 

■抗菌性動物用医薬品; 病気の治療に使用。医薬品医療機器等法に基づき、農林水産大臣が承認。
家畜・養殖魚用についての新たな承認は、食品安全委員会によるヒトの健康への影響評価が条件の一つ。

 

■抗菌性飼料添加物; 飼料中の栄養成分の有効利用により、家畜の健全な発育を促すために使用。
飼料安全法に基づき、効果及び安全性が確認されたものの中から必要最小限の範囲で農林水産大臣が指定。新たな指定は、食品安全委員会によるヒトの健康への影響評価が条件の一つ。

 

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4.  食品安全委員会の評価指針
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食品安全委員会は、2003年12月、農林水産省から、動物用医薬品又は飼料添加物として使用される抗菌剤によって選択される薬剤耐性菌について、食品を介してヒトの健康への悪影響が発生する可能性とその程度を、科学的に評価することを求められました。

 

そこで、当委員会は「薬剤耐性菌に関するワーキンググループ」を設置して、薬剤耐性菌の評価指針(ガイドライン)を策定の上、それに基づき各剤を評価しています。(家畜等への抗菌性物質(※1)の使用により選択される薬剤耐性菌の食品健康影響に関する評価指針(※2))。

 

※1; 細菌を始めとする微生物に対して抗菌活性(殺菌作用、静菌作用など)を示す化学物質で、抗生物質及び合成抗菌剤を言う。(薬剤を指す場合は「抗菌剤」あるいは「抗菌薬」と言う。)
 

※2; 食品安全委員会ホームページ
 
https://www.fsc.go.jp/senmon/sonota/index.data/taiseikin_hyoukasisin.pdf

 

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5.  評価指針が示す評価の流れ
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評価指針の示す評価の流れは、次のとおりです。

 

■(A)ハザードの特定; 既知の情報等から、家畜等に動物用抗菌性物質を使用した結果として選択さ
れ、食品を介してヒトの健康に対して危害因子となる可能性のある薬剤耐性菌を特定する。

 

■(B)発生評価; 農場や養殖場で薬剤耐性菌が選択される可能性とその程度を評価する。
 

■(C)ばく露評価; ヒトが畜水産物を介して薬剤耐性菌を摂取する可能性とその程度を評価する。
 

■(D)影響評価; 薬剤耐性菌を摂取したヒトが感染症にかかった場合に、抗菌剤の効き目が弱くなったり、あるいは無くなったりする可能性とその程度を評価する。
 

■(E)リスクの推定; (B)、(C)及び (D)の評価をもとに、その薬剤耐性菌のリスクを総合的に評価する。

 

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6.  これまでに評価した抗菌剤
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食品安全委員会では、農林水産省からの諮問に応じて、様々な抗菌剤について、(1) 食肉や養殖魚を介して薬剤耐性菌をヒトが摂取した場合、どのような、そしてどの程度のリスクがあるのか、(2) 病気が発症した場合には、その菌に対して治療薬(ヒト用抗生物質)の効き目がどの程度弱くなったり、あるいは無くなったりするかなどの可能性及び程度などについて、これまで20件の評価を行ってきました(※)。

 

※ フルオロキノロン剤(牛及び豚用、鶏用)、ツラスロマイシン製剤(豚用)、塩酸ピリルマイシン
製剤(牛用)、ガミスロマイシン製剤(牛用)、セフチオフル製剤(牛及び豚用)、ツラスロマイシン製剤(牛用)、硫酸セフキノム製剤(牛及び豚用)、フロルフェニコール製剤(牛及び豚用)、モネンシシンナトリウム、ノシヘプタイド、センデュラマイシンナトリウム、ラサロシドナトリウム、サリノマイシンナトリウム、ナラシン、フラボフォスフォリポール、アビラマイシン、エンラマイシン、バージニアマイシン

 

なお、農林水産省では、各抗菌剤のリスクの程度に応じて、対象とする病気をさらに限定するなどのリスク管理措置を強化したり、抗菌剤を使用する際に薬剤耐性菌の選択を最小限に抑えるように使用する「慎重使用」を進めています。さらに、家畜での薬剤耐性菌の動向及び動物用抗菌性物質の使用量を把握するための、全国的なモニタリング(JVARM;Japanese Veterinary Antimicrobial Resistance Monitoring System)を行っています。

 

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7.  終わりに
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2010年、食品安全委員会の牛及び豚用のフルオロキノロン剤の評価の結果を受けて、農林水産省はモニタリングの強化や二次選択薬としての使用の徹底を行っています。
これまでの食品安全委員会で実施した薬剤耐性菌の評価では、各抗菌性物質に対する家畜由来細菌の耐性率は低いと評価されているものがほとんどですが、今後とも、モニタリングや慎重使用により、問題の発生を予防することが重要です。

 

≪参考≫
食品安全委員会:「薬剤耐性菌の食品健康影響評価に関する情報」

https://www.fsc.go.jp/senmon/sonota/amr_wg/amr_info.html
 

農林水産省;「家畜に使用する抗生物質について」
http://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/yakuzi/koukinzai.html
 

「薬剤耐性菌(AMR)対策アクションプラン」(首相官邸ホームページ)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kokusai_kansen/pdf/yakuzai_honbun.pdf