できる子 | 脱★根暗宣言

できる子

今行っているダンスのレッスンは
初心者が多くて、あまりスキルのレベルは高くない。
むしろ3才から踊っている私は
若干浮いているともいえる感じだ。



やっぱり何かを教える時に
「できない子」には自然と目がいく。
注意もしやすいし、成長の伸びしろが大きいからだ。
でも「問題のない子」にはなかなか目がいかない。
放っておいても大きな問題がないし、
すでにそれなりにできているのだから、
その人の相手をする時間を「できない子」に向けた方が
生産的なように思える。



でもこのレッスンのインストラクターの先生は違う。
初心者ではない私にも的確なアドバイスをしてくれるし、
もちろん初心者で前も後ろもわからないような人にも同じだ。
その時その時で周りを見回して、
個々人の初期値が0だろうが、30だろうが、100だろうが、
一人ひとりが+1でも成長出来る様にしてくれる。
皆をなんとなく50前後にしようという訳でもなく、
それぞれが自分に必要なものを見つける手助けをしてくれる。
それが私はもの凄く嬉しくて、励まされるんだ。



いつだって私は学校の成績も問題なかったし、
家の外ではなんだって迷惑かけずに一人でこなしてきた。
一度でも注意されたところは、
必死になって努力して自分で治した。
もう注意されずに済むように。
もう迷惑かけずに済むように。
もう面倒な子だと思われないように。



でもその努力が実りすぎて
幸か不幸か、大人は私に注目しなくなった。
放っておいても大丈夫。
一人でもちゃんとする子だから心配ない。
そうやって大人は私を見なくなった。



そうやって放っておいてもらえるのが
「できる子」のステータスであり、特権だとも思った。
「面倒をかけない子」「手のかからない子」
というレッテルは心底嬉しいはずだった。
誇りに思っていると自分でも思っていた。



でも違うんだ。
本当は誰よりも注目されたかった。
悪い意味では注目されたくなかったけど、
秀でていると認められたかったし、
より上を目指せる環境が欲しかった。



ちゃんと見てもらえる事。
ちゃんと私に合った指摘を受けられる事。
それがどれだけ私の望んでいた事か、
ようやく、というか今更気づいた。
注意されたりするのは恐ろしい事だと思っていたけど、
その注意のおかげで自分が成長するのを実感出来たとき、
やっとそれはただ「ダメな子認定」を受ける事とは
違うんだって感覚的に理解する事ができる。



その人はダンサーとしても尊敬出来るし、
コレオグラファーとしても尊敬出来るし、
インストラクターとしても尊敬出来る。
未だに警戒心が強くて自分からほとんど話しかけられないけど、
陰ながら追いかけていたいし、
いつかは私も自分のスタイルを確立して、
対等な立場になりたい。
それは表現者としても、教育者としてもだ。