前立腺癌の友人が亡くなって半年余り。
また一人親しかった友人が癌でこの世を去った。
昭和の時代に輝いた雑誌編集者。
現代では考えられないほどのブラックな業界だった。
「親が死んでも締め切り守れ」といわれたほど、
時間との闘いが毎月、毎週繰り返される。
そのストレスは半端ない。
結果、編集者にはヘビースモーカーも多かったのだ。
そして、当時の仲間二人が同時に肺癌になった。
うち一人はノンスモーカーだったにもかかわらず肺癌となり、
現在も抗癌剤での闘病中だ。
彼の場合は、抗癌剤治療が苦にならないというから驚きである。
体質と抗癌剤が見事にマッチしたのか、
ある程度のQOLを維持しながら闘病している。
もう一人は残念ながら昨年他界した。
その彼は昔の編集者に多かった超ヘビースモーカーで、
一日3箱では済まない。
徹夜、喫煙、飲酒・・・と
まさに昭和の時代を象徴する不健康の代表みたいな生き方を長らくしていたのだ。
仕事の先輩でもあり、
何百泊も同じ事務所で徹夜した仲というか戦友のような気持ちだった。
タバコ(30歳で禁煙)も酒もやらない自分とは一見まったく合わないようだったが、
意外にもテニスやスキー、ゴルフなどスポーツが好きで
一時期毎週末一緒に出掛けたものだった。
雑誌の衰退もあり編集プロダクションを経営していた彼は、
会社をたたみ好きな映画の仕事を仲間と始めたのだが、
そんな矢先肺癌が発覚してしまった。
不健康な生活をしていたにも関わらず、
健康診断などを怠っていたからだろう発覚した時は、
既にかなり進行していたようだ。
治療を受けた病院も総合病院とはいえ、
特に癌治療で有名なわけではない。
周囲の友人たちは他の病院へ転院することを勧めたが、
本人は何故かその病院に留まる選択をしたのだった。
治療は主に抗癌剤。
本人曰く
「あれは人間の尊厳を根底から否定する悪魔のような薬だ」と。
それほど辛い副作用と闘っていた。
コロナ禍前に見舞いに行った際は、
副作用も収まり、もう少しで退院するところだった。
その後、数か月に一度抗癌剤治療をするために入院することになるが、
普段は通常の日常生活をおくれていた。
もちろん直接会ってお互いの状況報告もしていた。
しかし骨に転移し、お決まりのように
放射線治療を受けることになる。
骨への転移で骨折しやすい状態になり、
実際に骨折もしてしまった。
コロナ禍ということもあり、
見舞いにも行けない。
LINEの返信も少なくなり、
とうとう返信が来なくなってしまった。
既読にはなるが返信が来なくなって3カ月、
状況がわからず彼の弟へ連絡すると、
意識がときどき混濁するということだった。
コロナは残酷だ。
最期に会うこともできない。
独身だった彼は4か月間、弟と数度会った以外、
誰とも会えず独りで逝くことになった。
合唱
